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久保建英とメッシは似ていない。あえて挙げるなら…。今こそ知るべき特別な才能と発展途上の現在【西部の目】

11/2(金) 11:20配信

フットボールチャンネル

久保建英はいずれ日本サッカーをけん引する存在として期待される。才能に恵まれる17歳だが、もちろんまだ足りないものもある。経験を積み、発展途上の時期を経て、久保は真に特別な選手へと進化する。(取材・文:西部謙司)

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●「和製メッシ」ではない

 FCバルセロナの練習場には「ジョアン・ガンペール」の名が冠されている。このクラブの創始者だ。もともとの名前はハンス・ガンパー、スイス人。ガンペールはカタルーニャ風の読み方である。

 大人から小学生まで、週末には広大な敷地内でさまざまなカテゴリーの試合が行われていた。私が見に行ったときのバルセロナBのキャプテンはセルジ・ロベルトだったが、10番のわりにはあまりパッとしなかったのを覚えている。トップチームでバリバリ活躍する姿など想像できなかった。まだ「過程」にあったのだろう。

 中学生年代のチームでは韓国人の選手が10番を背負っていた。バルサTVが中継するので試合後にはインタビューも受ける。主審だけで副審のいない試合だが、選手の立ち居振る舞いはプロそのもの、あるいはプロらしい振る舞いを求められている。

 そのときにはまだ久保建英はいなかったと思う。バルサのカンテラ出身ということで「和製メッシ」と呼ばれている。やはりカンテラにいたイ・スンウも「韓国のメッシ」だし、かつては「砂漠のペレ」や「カルパチアのマラドーナ」もいたので、こういう呼び方はそれはそれでいい。ただ、久保は「メッシ」ではない気がする。

 リオネル・メッシの速さを久保は持っていない。ではアンドレス・イニエスタなのかというとそれも違う。そもそも誰かを誰かにあてはめることがおかしいのだが、あえていうならダビド・シルバのほうが近いと思う。

●才能と経験

 AFC U-19チャンピオンシップ、U-19日本代表は3戦全勝でグループリーグを突破し、準々決勝では地元インドネシアを破ってU-20ワールドカップ出場権を手にした。影山雅永監督が言っていた「最低限の目標」はクリアしたことになる。

 今回のU-19代表は良い選手が揃っている。才能があるだけでなく、この年代にしては経験値の高いチームだ。点差や時間帯、状況を考えてプレーする意識がある。すでにJリーグでプレーしている選手が何人もいるからだろう。橋岡大樹(浦和レッズ)、齊藤未月(湘南ベルマーレ)、安部裕葵(鹿島アントラーズ)と各ラインに試合を読めて味方をリードできる選手もいる。

 本来、試合運びに大人も子供もない。サッカーはサッカーであって、10歳の子供でも駆け引きのできる選手はいる。ただ、この年代はサッカーを「習い事」として始めたであろう選手たちだ。道路や公園や路地裏でサッカー選手が育まれる時代は終わっている。それは日本だけでなくヨーロッパやアジアでも同様で、一部の国や地域を除いてはそうなっているが、日本は同調圧力が強いせいか、個人で試合の流れを読んで何かを変えたり、仲間にそれを要求することがあまり得意ではない。「経験が足りない」「マリーシアがない」などと言われ続けてきたわけだ。

 U-19代表は、その点で大人びたプレーができるチームである。すでにプロとしてJリーグに出ている選手が何人もいるのだからそれも当然かもしれない。ただし、選手間で多少のバラつきはある。

 インドネシア戦では久保を含む前線の選手だけでハイプレスをかける場面が終盤にあった。残り時間わずかで2-0、インドネシアがロングボールを打ち込んでくるのは明白なので、自由に蹴らせたくなかったのは理解できる。しかし、突っ込んでは外されるケースが相次いでいた。あれでは元も子もない。久保に技術とアイデアがあるのは間違いなく、才能ではこのチームでも貴重な存在だ。ただし、経験という面では足りないところもあり、要はまだ完成していない。

●“見守られている状態”は間もなく終わる

 試合後のミックスゾーン、久保に話を聞ける日と聞けない日があった。ある意味、取材陣側の「忖度」である。

 試合に出ていない日や活躍していないときまで群がられるのは、何か違うのではないかという気持ちはわからないでもない。インドネシアで取材している記者たちは、私を除けばほとんどがこのチームを継続的に取材している人たちなので、肝心なときに久保のコメントをとるために、「今日はスルー」という意思疎通はスムーズだった。巧みなオフサイドトラップのように乱れがない。

 ただ、毎回話を聞かれている選手もいる。特別扱いされたくないのに、特別扱いになっているという、何だか中途半端な状態ともいえる。

 早熟系でもフィジカルに特徴があるタイプは、17歳でもほぼ大人と変わらない。キリアン・エムバペは19歳で世界王者になっているが、2年前もすでに我々の知っているエムバペだった。一方、テクニックやセンスが先行する早熟型は出来上がるまでにもう少し時間がかかる。17歳と23歳では、かなり違うプレーヤーになっていても不思議ではない。

 久保はチャビ・エルナンデスの言う「ファーストコントロールで360度ターンできる」タイプの選手で、コンマ数秒でプレーを変えられる幅がある。顔も常に上がっていて相手を見て反応できる。左足のキックの精度も高い。狭いエリアでプレーできる。

 いわゆる「違いを作れる」選手なので、U-19でもそこを期待されている。才能は特別だ。一方、トータルではまだ特別ではない。いずれ特別な選手になるという期待から、大事にされているのが現状だ。17歳でも掛け値なしに評価して差し支えなかったウェイン・ルーニーやディエゴ・マラドーナとは違う。現在の久保はまだ発展途上であり、17歳の選手としてノーマルでもある。

 だが、協会、取材陣、ファンから見守られている状態も、もうすぐに終わるだろう。少し良いプレーをしただけで「天才」と騒がれる時期は過ぎ、小さなミスにメディアが群がり、いっせいに批判され、理不尽にもいっさいがっさい背負わされる。本当に特別な選手の宿命であり、それは彼が特別である証でもある。

(取材・文:西部謙司)

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