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絶滅寸前、野生のオナガサイチョウ撮影に成功、その舞台裏

11/5(月) 10:31配信

ナショナル ジオグラフィック日本版

 ナショナル ジオグラフィック誌のオナガサイチョウの特集記事は、主役のオナガサイチョウの写真がないという危機的状況になるところだった。

フォトギャラリー:サイチョウ撮影は至難の業、写真13点

 こう言うといささか大げさだが、雑誌記事を組むには写真が足りない事態になりかけたのは本当だ。編集部にオナガサイチョウの企画を持ち込んだ写真家のティム・レイマン氏は、難しい撮影になるだろうとわかっていた。この鳥は極めて希少で、シャイで、人目につきにくいからだ。

「何年も何年も、東南アジアの熱帯雨林でサイチョウを追ってきました」と、ティムは私に語った。「この企画をやり遂げたかった理由の1つは、20年前にナショジオにサイチョウの記事を載せたとき、たくさんの種を撮った中でオナガサイチョウだけはいい写真が撮れなかったことです」

 この鳥の撮影に挑むことは、以前にもまして重要になっていた。オナガサイチョウには絶滅の危機が迫っている。「カスク」と呼ばれる、くちばしの上の突起部分から作られた彫刻品が、闇市場で高騰しているのだ。ほかのサイチョウの場合、カスクの中は空洞だが、オナガサイチョウのカスクは中まで硬いため、小さな像に加工したり、凝った彫刻を施しやすい。こうした製品の需要が、中国の富裕層の間でにわかに高まっている。

 オナガサイチョウの保護はまだ手遅れではないことを、私たちは知っている。しかし、人々にこの鳥のことを気にかけてもらうには、見事な姿をとらえて見せたいと考えた。

「困難は覚悟していました」とティムは言った。「20年前も撮影は簡単ではなかったですが、現在では狩猟で捕られることも増え、オナガサイチョウはますます希少になりましたから。ところが実際に撮影を始めてみると、困難は予想をはるかに超えていました」

 オナガサイチョウを最も見つけやすいのは繁殖期だと、ティムはわかっていた。大まかに言うと3月から8月だ。この時期、雌は木のうろに閉じこもって卵を産み、最長で150日間にわたってひなを育てる。その間、雄は日に何度も餌を運ばねばならない。使用中の巣を見つけられれば、少なくとも雄は見られるはずだった。

 私たちはタイの調査チームと連携していた。巣の監視と保護のために彼らが雇っていたのが、サイチョウの元ハンターたちだ。どの巣が使用中なのか、どうすればそこへたどり着けるのか、彼らは熟知している。

 使用中の巣を2つ撮影できそうだとわかった。場所は山の頂上。そこまでの道はとても急で、泥だらけの悪路だ。しかも大量の機材がある。15人ほどのポーターがそれぞれ20キロ前後の道具を背負うことで、合計300キロ近い荷物を山上に運ぶことにした。キャンプ道具、発電機、食料、そしてチームのメンバー全員の旅行鞄もある。ティムいわく、これでもナショナル ジオグラフィック水準の撮影に欠かせない物だけに絞り、可能な限り軽くした荷物だという。RED社のデジタルシネマカメラとキヤノンの一眼レフを数台、レンズ一式、頑丈な三脚、それから軽い三脚が1台ずつという装備だ。

 このときほど、自分がライターでよかったと思ったことはない。対象を観察するのに必要なのは、ペン、紙、自分自身の目だけなのだから。

 1つ目の営巣地点に着くと、ティムはメンバーが隠れるためのブラインド(迷彩柄のテント)を設置し、私たちはそこに腰を下ろして、父親のサイチョウがパートナーとひなのために食べ物を運んでくるのを待った。やたらと陽気な雄の鳴き声が、数本向こうの木からたびたび聞こえ、私たちをあざ笑っているかのようだった。近づいても安全かどうか、雄は見極めていたのかもしれない。用心深い(vigilant)ことから付けられたBuceros vigilという学名に違わず、この雄は私たちがどんなに巧みに隠れていても、常に私たちの存在に気づいているようだった。

 それでも、雄は何度か現れた。しかし、すぐに見えなくなってしまうので、ナショナル ジオグラフィックに掲載できるショットを撮るのは至難の業だった。

 巣を観察し始めて数日後、私たちは近くのハーラー・バーラー野生動物保護区でイチジクが実っているという話を耳にした。巣とは異なる環境でオナガサイチョウを見るチャンスだ。イチジクの実がなると、森じゅうの生き物が集まって宴会のようになる。実がすっかり食べられてしまう前に、オナガサイチョウを見つける必要があった。

 私たちの到着と同時に激しい嵐になったが、ティムは近くの木を30メートルほど登り、何とかブラインドを取り付けた。幸いにも、彼が雷に打たれることはなかった。

 翌日から数日間、私たちは朝5時すぎにはイチジクの木にやって来ていた。日が昇る前にそこにいれば、オナガサイチョウは私たちの存在に気付かないのではないかと期待したのだ。

 早朝のまだ薄暗い中、ティムは木の上、私は地面に腰を下ろした。待っている間に夜の虫が静まり、昼の虫が音を立て始め、夜の霧が去り、昼の湿気が訪れた。サルやリス、別種のサイチョウの仲間たちがやって来たが、悲しいかな、オナガサイチョウがイチジクを食べに現れることはなかった。

 樹上で1日10時間過ごすのは、ティムにとって苦ではない。居心地の良い場所を作るのはすっかりお手のものだからだ。「小さな座席を作ります」とティムは言う。「座るためのパッドがありますし、向きを変えたり、体を少し伸ばしたりもできます。オナガサイチョウは協力的ではありませんでしたが、ほかの鳥やサルもいました。観察する物はたくさんあり、写真や映像を撮って時間を過ごしました」

 イチジクの木の近くで数日間過ごした後、私たちは移動せざるを得なくなった。私は取材を続けるためにインドネシアへ行き、ティムはもう1つの巣を訪ねることにした。2つ目の巣では、最初の巣ほど雄が警戒しておらず、ティムは何枚か追加の写真を撮ることができた。ただ、バラエティーに富んでいるとはまだ言えなかった。

「この時点で撮れていたのは、巣で撮ったものばかりでした。雌はすでに中にいて、雄が食べ物を届けにきているところです。とても良い場面ですが、それは記事の一部でしかありません」

 撮影チームは事務所に戻り、別種のサイチョウも取り上げるかどうか話し合いを始めた。オナガサイチョウの写真が足りなかった場合の対処について検討したのだ。この鳥がいかに見つけにくく、いかに希少かを私たちは見せつけられた。サイチョウの仲間はどれも魅力的で美しい。そこで私たちは、別のサイチョウにも目を向けて、東南アジアの熱帯雨林の生態系を今以上に余すところなく描こうと決めた。何しろ、見事なツノサイチョウやオオサイチョウを私たちは確かに目にしていたのだ。

 記事の掲載にはまだ数カ月あり、私たちはもう1カ所で取材を予定していた。オナガサイチョウ密猟のホットスポット、ボルネオ島インドネシア領だ。その地の森でオナガサイチョウを1羽でも見られればと思ったが、この取材はオナガサイチョウそのものを見るというより、その密猟を記録することになるのはわかっていた。今回、ティムもブラインドの陰で何時間も過ごす余裕はない。私たちはあまり望みをかけていなかった。

 現地の先住民であるダヤク、イバンの村人たちと共に1週間過ごした私たちは、彼らの文化においてオナガサイチョウがいかに重要か、なぜ同じ部族から密猟に走る者が出ているのかをたっぷりと聞いた。そして、取材の最終日となるはずだった日、ある研究者から情報が届いた。彼のチームがオナガサイチョウのつがいを見つけた。場所は西ボルネオで、営巣できそうな場所を探しているという。

 あまりにうまい話で信じられなかった。しかし、記事を飾るオナガサイチョウの写真を撮る最後のチャンスだ。

 私はワシントンD.C.に戻らねばならなかったが、残りのメンバーはすぐに食料を調達し、大きな期待をしてその場所へ出かけていった。

「つがいがいるという場所を聞いて、とても興奮しました」と、ティムは振り返る。「雄と雌が巣の外にいるのを目の当たりにし、写真に収められる機会はまれです。とても幸せでしたし、ほっとしました。バラエティーに富んだ姿を撮れたので、初めに意図した通り、全体を通してオナガサイチョウに焦点を合わせた記事になりましたから」

 ティムの粘り強さは、オナガサイチョウの幅広い行動をとらえた写真という形で最後に報われた。なかには、ここまで記録されたのは初めての作品もある。別種のサイチョウたちの写真は結果的に必要なくなったが、彼らもまた印象的なので、フォトギャラリーで紹介しておきたい。


*雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2018年11月号で16ページの特集「オナガサイチョウ 狙われる東南アジアの珍鳥」を掲載しています。

文=RACHAEL BALE/訳=高野夏美

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