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四大公害病:高度経済成長期の負の遺産

11/6(火) 15:01配信

nippon.com

まさの あつこ

日本では企業活動で生じた環境汚染による健康被害が起きても、国と自治体が放置した時代があった。企業は汚染物質と被害の因果関係を知り得た後も事実を隠し、被害を拡大させた。公害病が初めて認定されてから半世紀、日本社会は何を学んだのか。

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後手後手に回った国の公害認定

富山県の神通川流域で発生したイタイイタイ病が1968年5月に公害病と認定されてから、今年で50年を迎える。イタイイタイ病とは、三井金属鉱業の鉱山や製錬工場から排出されたカドミウムが川に流され、生活用水や農作物などを通して身体に取り込まれて生じた病だ。腎臓障害から骨軟化症を発し、全身に針で刺されたような激痛が走る。漁業被害などの記録は30年代からあったが、開業医が人の病に気づいたのは46年。国が鉱業会社と病の因果関係を認めたのは、それから22年がたってからだった。被害者らが同社に損害賠償請求訴訟を提訴した2カ月後のことである。

イタイイタイ病は、水俣病、新潟水俣病、四日市ぜんそくと合わせて「四大公害病」として記憶されることとなった。

水俣病は、熊本県水俣市の新日本窒素肥料(以後、チッソ )が32年からアセトアルデヒド生産工場の排水を海に垂れ流し、そこに含まれていた水銀が生じさせた病だ。56年にその発生が公式に確認された。食物連鎖を通じて地元の魚介類を食べる人々が発症。死亡、麻痺(まひ)、けいれん、視野狭窄(きょうさく)、聴力障害、手足の感覚障害といった人体被害に加えて、地域社会による差別が被害者とその家族を苦しめた。

新潟水俣病は、水俣病の原因究明と対策が先延ばしにされる中、65年に発生が認められた第2の水俣病だ。昭和電工が阿賀野川中流、新潟県鹿瀬町で稼働させていたチッソと同様のアセトアルデヒド生産工場からの排水が原因だった。

しかし、国が2つの水俣病の発生源を公式に認めたのは68年9月だった。

四日市ぜんそくは、59年に操業を開始した三重県の四日市コンビナートから排出された大気汚染による健康被害だ。コンビナートにある13社の煙突から吐き出される亜硫酸ガスが、気管支喘息(ぜんそく)、喘息性気管支炎、慢性気管支炎、肺気腫など呼吸器疾患を発症させた。そのうちの6社、すなわち石油精製を行う昭和四日市石油、石油を原料に2次製品から最終製品を製造する三菱油化、三菱モンサント化成、三菱化成工業、石原産業、そして石油火力で発電を行う中部電力が訴えられ、72年に共同不法行為が裁判で認定された。

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最終更新:11/6(火) 15:01
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