ここから本文です

「左翼的に感じられるもの」を責める、その風潮はいつ生まれたのか

11/8(木) 10:00配信

現代ビジネス

「左翼的に感じられる」ものをなんとなく責める

 シリアで武装勢力に拘束されていたジャーナリストについての批難をインターネットで見かける。

 文句を言っているポイントはいろいろである。つまりわかりやすい瑕疵があって、そこを責めてるわけではない。「なんとなくこの人の雰囲気が嫌いだ」という気分で責めているようにおもう。

 それは「左翼的に感じられる」部分に集中しているようだ。

 日本政府と対立し(現地を取材する戦場ジャーナリストであるかぎりは対立せざるをえないようだが)、そしてその態度に誇りをもっているような振る舞いが、それがインターネットで嫌われているように見える。

 ポイントは政府に対立する行動に「誇りを持っている」というところだとおもう。
「左翼的行動をしていて、それについて語るときに偉そうである」ということもできる。その部分に対して、生理的に拒否しているのだ。
 
2010年代は、地道な反政府活動をする人たちと、それをとにかく批判する人たちがみごとに分かれていった時代でもあった。持ち歩けるインターネット情報「スマホ」の普及によって、いろんな人が軽い議論に加われるようになり、極端化していった。

 2010年代のそういう対立のもとには、2009年からの民主党政権の成立があったようにおもう。

 民主党政権は左翼政権などではなかったが、でも「反自民」ではあった(反自民でしかなかったのだが)。「反自民」を単純化すれば、「反権力」となる。左翼思想が好きな人たちも吸い寄せられる看板である。

 自民党の支持者ながらいちど「お灸を据える」つもりの人から、なんとなくそのときの空気がいやになっていた人たち、そして市民活動好きの反権力の人までが混じって、民主党政権が生まれていた。

 あの、2009年の奇妙な情熱と、そのあとの落胆ぶりが、「左翼活動を自慢げにやっている人たちへの強い拒否反応」のおおもとにあるような気がする。

 2009年夏の盛り上がりが、その後の奇妙な対立のもとになっているのではないだろうか。

1/3ページ

最終更新:11/8(木) 10:00
現代ビジネス

記事提供社からのご案内(外部サイト)

「現代ビジネスプレミアム」

講談社『現代ビジネス』

月額1000円(税抜)

現代ビジネスプレミアムは「現代ビジネス」の有料会員サービスです。2万本以上の有料記事が読み放題!会員だけの特別記事も配信。豪華ゲストによるセミナーも開催中。

あなたにおすすめの記事

Yahoo!ニュースからのお知らせ