ここから本文です

稲葉光雄 落合にクセを見抜かれても修正せずに勝負した右腕/プロ野球1980年代の名選手

11/9(金) 11:04配信

週刊ベースボールONLINE

1980年代。巨人戦テレビ中継が歴代最高を叩き出し、ライバルの阪神はフィーバーに沸き、一方のパ・リーグも西武を中心に新たな時代へと突入しつつあった。時代も昭和から平成へ。激動の時代でもあったが、底抜けに明るい時代でもあった。そんな華やかな10年間に活躍した名選手たちを振り返っていく。

小柄で細身だったが、芯は強く、そして太い

「この試合が私の分岐点であり、現役生活の開幕試合」

 こう語ったのはプロ2年目を迎えたロッテの落合博満だ。この試合とは1980年7月26日の阪急戦(札幌円山)。マウンドにいたのはプロ10年目の稲葉光雄だ。落合はカーブを投げるときに左肩が上がるクセを見つけ、その後は打ち込むように。落合は翌81年には首位打者に、その翌82年には戦後最年少で三冠王に輝き、球史に残る大打者へと一気にステップアップしていくが、クセを見破られた右腕は、それが分かっていてもクセを修正しなかった。身長174センチ、体重67キロと、プロ野球選手としては小柄で細身だったが、芯は強く、そして太かった。

 ドラフト2位で71年に中日へ入団。

「基本的に巨人でなければ、どこでもいいと思っていました。巨人戦しかテレビに映らなかったんで、いつも巨人の打線に、どう投げるかを考えていたんですよ」

 当時の巨人はV9の真っ只中。王貞治、長嶋茂雄の“ON砲”も健在の強力打線だったが、8月26日の巨人戦(後楽園)に延長11回からリリーフで登板し、4イニングを被安打1、無失点に抑えてプロ初勝利を挙げる。シーズン最後の対戦となった10月3日の巨人戦(中日)では初の完封勝利も記録した。

「巨人戦になると、ものすごく闘志がわく」

 自己最多の20勝を挙げた翌72年は巨人キラーぶりを発揮して、巨人から6勝3完封。特に王と長嶋に強く、ともに24打数の対戦で、王には1本塁打を許したが打率.208、長嶋は打率.125、本塁打ゼロと抑え込んでいる。

 大型トレードで77年からは阪急でプレー。移籍1年目から17勝6敗、リーグトップの勝率.739も記録して、「僕自身が一番びっくりしています。言うことなしの1年」と声を弾ませた。以降3年連続2ケタ勝利。黄金時代後期の阪急を支えた。

 落差50センチとも言われる垂直に落ちるカーブがウイニングショットだ。手首につくまで曲げ伸ばすことができる柔らかい親指で、鋭いスピンをかけた。

「カーブのコントロール、キレが悪いと僕のピッチングは全然ダメ」

 カーブに加え、中日時代は快速球、阪急時代は投球術で打者を翻弄した。

1/2ページ

記事提供社からのご案内(外部サイト)

週刊ベースボールONLINE

株式会社ベースボール・マガジン社

野球専門誌『週刊ベースボール』でしか読めない人気連載をはじめ、プロ野球ファン必見のコンテンツをご覧いただけます。

あなたにおすすめの記事