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古代インカ都市マチュピチュ、知られざる10の秘密

11/10(土) 10:30配信

ナショナル ジオグラフィック日本版

地震に強いインカの建物、隠れ家的な博物館…まだまだ知らないマチュピチュ

 アンデスの高山の斜面に抱かれたマチュピチュ遺跡は、古代インカ帝国にまつわる多くの謎を明らかにしてきた。この遺跡を目当てに、ペルーには毎年のように多くの観光客が押し寄せるが、何層にも重なった歴史の下には、まだほとんど知られていない秘密が数多く眠っている。

ギャラリー:マチュピチュ、太陽の神殿やワイナピチュも 写真9点

1. マチュピチュは“インカ帝国の失われた都市”ではない

 1911年にマチュピチュを発見した探検家のハイラム・ビンガム3世は、元々はビルカバンバという別の町を探していた。ビルカバンバとは、インカの人々が1532年のスペイン人侵略から逃れてたどりついた先と言われており、やがてそれはインカの失われた都市として語り継がれるようになる。ビンガムはマチュピチュがビルカバンバであると主張していたが、1956年の彼の死後、それが間違いであったと証明された(本物のビルカバンバは、マチュピチュから約80キロ西のジャングルの中に作られたと考えられている)。最近の調査で、マチュピチュはそもそも「忘れられた町」なのかどうかさえ疑問視されるようになった。ビンガムが到着したとき、そこにはまだ3家族の農民が暮らしていたのだ。

2. 地震に強い

 インカ帝国の都市に見られる見事な石の建造物のほとんどは、漆喰を使わずに建てられた。石は計算したように正確に切り出され、隙間なく積み上げられている。その建築様式には、見た目の美しさだけでなく、工学的な利点もある。ペルーは地質活動が活発な国で、首都のリマやクスコも地震に見舞われたことがある。マチュピチュの下にも、2本の断層線が通っている。地震が起こると、インカの建物は「踊り出す」と言われている。つまり、地震の揺れに伴って石が互いに衝突しあい、最終的に元の位置に納まる。このような建て方でなければ、マチュピチュの多くの有名な建造物はとうの昔に崩落していただろう。

3. 目に見えないところに、すごいものが眠っている

 インカといえばその見事な石壁が有名だが、土木工学もまた驚くほど発達していた(よく指摘されることだが、インカ人は運搬用の家畜や鉄製の道具、車輪を使用していなかった)。私たちが現在目にする遺跡は、ふたつの小さな頂の間を削り、石や土を取り除き、ある程度平たんな土地を作って、その上に建造された。エンジニアのケネス・ライト氏は、マチュピチュの工事の60%は地下に隠されていると推測する。建物の土台を地下深くまで掘り下げ、さらに粉砕した石を敷いて水はけを良くした(雨期にここを訪れた人なら誰でもわかるように、マチュピチュは雨が多い)。

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