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【娘のきもち】両親の離婚後もかわいがってくれた父。数年後に見た姿は他人のようだった

11/12(月) 11:03配信

サライ.jp

取材・文/ふじのあやこ

近いようでどこか遠い、娘と家族との距離感。小さい頃から一緒に過ごす中で、娘たちは親に対してどのような感情を持ち、接していたのか。本連載では娘目線で家族の時間を振り返ってもらい、関係性の変化を探っていきます。

前回はこちら→【娘のきもち】上京を一度は反対した父の本音「すぐに駆けつけてやれないから」

「意地を張ってしまって、気づいたらいなくなっていたという状況は作りたくないから」と語るのは、美奈子さん(仮名・38歳)。彼女は現在、兵庫県で小学生の息子を育てている母親です。髪の毛は明るい茶髪で後ろで1つに束ねられており、化粧気はあまり感じられません。服装はベージュのボリュームのあるニットと、花柄のロングスカートを合わせています。産後に太ってしまった影響からゆったりめの服ばかりを着ているそう。ハキハキとした喋り方などから、しっかりしてそうな印象を受けます。

月に1~2度しか家にいない父。会えた時はご褒美のような気持ちだった

美奈子さんは兵庫県出身で、母親と8歳上の姉、5歳上の兄との4人家族。父親は美奈子さんが物心のつく前に、離婚していたそう。しかし、父親が自宅にいる時もあり、寂しくはなかったと言います。

「うちの家は少し複雑で、実は離婚していると知ったのは私が小学生の頃。それまではたまに帰ってくる父は忙しい仕事をしていると思っていました。父と母が笑顔で会話しているところを一切覚えていないし、姉や兄ともに父と会話しているところを見たことがなかったから、父が帰ってこないことは触れたらいけないことなんじゃないかなって子供心ながら思っていましたね」

一緒に過ごす時の父親は優しい印象しか残っていないそう。しかし、その父親は美奈子さんが小学校4年生の時に一切家に帰ってくることがなくなります。なぜなのかを母親に問いただした時にようやく離婚の事実を話されたそうです。

「気付いたらいなくなっていたんです。ちょうど母方の祖母から一輪車を買ってもらったばかりで、父と練習に付き合ってくれるって約束をした直後だったからよく覚えています。

それまでは父親は月に1~2度くらいの頻度で学校終わりにいたんですよ。私は父親と会えることがご褒美みたいな感覚でしたね。今日はいた!、みたいな。私の前ではいつもニコニコしていたし、ずっと私の話を聞いてくれていたので、大好きだったんです」

父親が完全にいなくなってからの母親は寂しい素振りは一切なし。姉や兄からもいなくなった父親の話題が出ることはなかったそう。離婚について当時小さかった美奈子さんはある勘違いをしてしまったほどだったとか。

「離婚とはその存在自体がなくなってしまうことなんだと思っていました。前から家族の中で父親についての会話はNGなところもありましたが、家に帰ってきた時はちゃんと父親の分まで食事も用意されていたし、父のお茶碗やお箸もあったから。でも、気付いたら食器棚に父親のものは一切なくなっていました。自分にしか見えていなかったんじゃないかって、そんなことも思いました」

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最終更新:11/12(月) 11:03
サライ.jp

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