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フォトグラファー・ヨシダナギが少数民族に言われて、はっとした言葉。「今幸せじゃない人に、将来楽しいことなんてないんじゃないの?」

11/16(金) 17:02配信

就職ジャーナル

プロフィールヨシダナギ1986年生まれ。幼少期からアフリカ人へ強烈な憧れを抱き、「大きくなったら彼らのような姿になれる」と信じて生きていたが、自分は日本人だという現実を10歳で両親に突き付けられ、 挫折。2009年より単身でアフリカへ。その後、独学で写真を学び、アフリカをはじめとする世界中の少数民族を撮影、発表。その唯一無二の色彩と生き方が評価され、テレビや雑誌などメディアに多数出演。2017年には雑誌『日経ビジネス』「次代を創る100人」、雑誌『PEN』「Pen CREATOR AWARDS」に選出される。同年、講談社出版文化賞【写真賞】を受賞。2018年4月、ヨシダナギBEST作品集『HEROES』を刊行。近著には、写真集『SURI COLLECTION』(いろは出版)、アフリカ渡航中に遭遇した数々のエピソードをまとめた紀行本『ヨシダ、裸でアフリカをゆく』(扶桑社)がある。
アフリカをはじめ、世界中の少数民族を撮影するヨシダナギさん。テレビや雑誌のほか、今年10月からはラジオ番組「野性に還ろう。」のパーソナリティとしても活躍されています。最初からフォトグラファーになることを目指していたわけでなかったヨシダさんが、唯一無二の現在のポジションを得るまで、また実際に会って感じたアフリカの少数民族の魅力について聞きました。

美しい少数民族たちの生きざまを伝えたい、そのための手段が写真だった

―世界中の少数民族を撮影する唯一無二のフォトグラファーとして活躍されています。ご自身をフォトグラファーだと認識したのはいつのタイミングでしたか。
初めて「フォトグラファー」という肩書きがついたのは、テレビ番組『クレイジージャーニー』(TBS系)の出演がきっかけでした。
それまで、「このままでいいのだろうか」という焦りはあったんですが、具体的にやりたいこともなくて…。ただ、物心ついたころから集団生活が苦手だったので、OLみたいに組織に所属して働くのは無理、ということだけははっきり自覚していました。
―「フォトグラファーになりたい」という思いがあったわけではないんですね。
具体的にこの仕事がしたい、と目指したことはないんです。むしろ仕事はしたくないタイプ。初めてアフリカに行った時の写真をブログにあげて褒めてもらった時は、イラストレーターとして仕事をしていました。その時はフォトグラファーのなり方すらわからなかったし、誰かに弟子入りしてまでなりたい、という思いもありませんでした。
―将来が漠然としながらも、アフリカに向かったのはなぜでしょう。
アフリカへの憧れは、5歳の時にテレビでマサイ族を見て心奪われて以来、ずっと抱いていたんです。大きくなったらマサイ族のようになるのだと信じていたので、「日本人だから彼らの容姿のようにはなれない」と両親に告げられた時は、かなりショックでしたね(笑)。彼らを直接目で見て確かめたい、ただその思いから23歳の時にアフリカに行ったんです。
―少数民族を撮り始めたのはなぜですか。
私にとって、少数民族たちのたたずまいは本当に美しくてカッコいいんです。まるで、現実世界には存在し得ない、カッコいいゲームのキャラクターを再現したみたい。彼らと同じ時代に同じ世界にいられること自体が感動的です。でも、いくらカッコいいと言っていても、周りの友人は誰もわかってくれませんでした。ならば、自分が写真を撮ることで「こんな民族たちが実在するんだよ」ということを伝えたいと思ったんです。
―伝える最適な手段が「写真」だったんですね。
そうです。フォトグラファーになりたかったのではなくて、彼らのことを多くの人に知ってほしかった。大好きなものを「見て見て!すごいでしょ!?」と周りの人に見てもらいたい、という自己満足からですね(笑)。
―写真はそれから勉強したんですか。
カメラは海外に出かけるときしか持っていかず、完全に独学です。フォトグラファーの友人に教わったこともあったのですが、専門用語が頭に入ってこなくてあきらめました。いまだに勉強中ですし、正解もわかりません。だから、今も写真が仕事になったなんて実感がありません。

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最終更新:11/16(金) 17:19
就職ジャーナル

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