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【英国人の視点】その雰囲気、世界最高。究極のアウェイで力を示した鹿島。色褪せることのないイランの記憶

11/16(金) 8:04配信

フットボールチャンネル

 鹿島アントラーズがAFCチャンピオンズリーグ(ACL)を制して初のアジア王者に輝いた。決勝2ndレグが行われたペルセポリスの本拠地アザディ・スタジアムは、熱気を帯びた最高の雰囲気だった。来日10年の英国人記者が現地からレポートを送る。(取材・文:ショーン・キャロル【イラン】)

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●食中毒に襲われながらもスタジアムへ

「お尻だよ」

 中年の看護師はそう言うと背を向け、私が正しく理解できるように自分の尻を掴んでみせた。

 そこまでしなければならなかった。今年のACLで14試合を追いかけ、不安の中でイランのビザ発給を待ち、5000マイル以上の長旅を経たあと、決勝を観戦するためにはさらに、折り悪く私を襲った食中毒の症状を緩和するため試合当日の朝に臀部に注射を打つことが必要となった。2本もだ。

 迷っている場合ではない。ベッドの上で体を転がし、やるべきことをやった。

 そして、実際のところその価値はあった。

 アザディ・スタジアムで試合を観戦した者なら誰でも、機会があれば一度は経験すべきことだと勧めてくるだろう。今の私も間違いなくその1人だ。

 1970年代に建設されたアザディ・スタジアムは、特別に綺麗というわけではない。テヘラン北西部の複合スポーツ施設群の中に建てられた巨大で埃っぽい円形競技場は、ペンキで塗装した方がもう少し見栄え良くなることは間違いないだろう。

 だがもちろん、最高のスポーツ会場というものはそれ自体が素晴らしいということは滅多になく、会場内のファンと彼らが生み出す雰囲気こそが最高であることがほとんどだ。その点でアザディ・スタジアムは、私が経験してきた中でも圧倒的に1位だった。

 鹿島アントラーズがペルセポリスと対戦する前日にグラウンドを訪れた時から、特別な何かを感じさせる兆しはあった。複合施設に至る堂々たる入場路には早くもサポーターが集まり始めていた。試合のためイラン全土から車で駆けつけた彼らは、ゲートが開かれるのを待ちつつ、歌ったり踊ったり、クラクションを鳴らしたり、莫大な量のピスタチオを消費したりしてその日の残り時間と夜を過ごすのだった。

●元清水監督のゴドビ氏も絶賛

 聞いたところによると、彼らはキックオフ6時間半前の翌日正午からスタジアム内になだれ込み、対戦相手に脅威を感じさせて応援するチームを後押しするべく熱気をさらに強めていくのだという。

 イランを去る前に、元清水エスパルス監督のアフシン・ゴトビ氏に話を聞いた。2008年に同氏が率いたペルセポリスは、シーズン最終節のアザディ・スタジアムでの試合で96分に決勝点を奪ってリーグタイトルを手に入れた。その会場を「アジアのサッカーピッチのコロッセオ」と呼ぶゴトビ氏は、ペルセポリスのファンがいかに熱狂的であるかを説明してくれた。

「ペルセポリスはアジアでの特に人気のあるクラブのひとつ。おそらくは最も人気の高いクラブだろう。3000万人のファンがいるからね」とゴトビ氏。

「ペルセポリスの選手や監督であれば、世界のどこを訪れたとしても、町中のどこかでイラン人のファンに見つけられる。駆け寄ってきて、ある試合でいかにして勝ったり負けたりしたか、あるいはどういうプレーを見せたかについて話をしてくる。それがペルセポリスのファンの持つ情熱だ」

「日本のサッカーにとっても、もちろん鹿島のファンにとっても大きな意味のある試合だ。だがイランのファンにとってその意味の大きさは10倍か、おそらくそれ以上だろう。イランの人々にとっては、心の中でサッカーが占める場所が違う。ペルセポリスは特にイランのファンの心の中に特別な場所を占めている。ペルセポリスのファンとして生まれてペルセポリスのファンとして死ぬ。そういうものだ」

 試合日にスタジアムに到着すると、そのことがはっきりと理解できた。当然ながら彼らは期待通りにそこにいた。ピッチへと通じる威圧的な通路を歩いていくと、熱気を高める何万人ものファンが絶え間なく吹き続けるホーンの音がBGMとなる。

 その終端に到達すれば、キックオフ4時間前にしてすでにほぼ満員となったスタジアムの赤い集団に迎えられた。言葉では言い表せない大音量の中、Jリーグのより穏やかな環境に慣れ親しんだ鹿島の選手たちは、この敵意の中で冷静さを保つことができるのだろうかと考え始めていた。

●監督と選手が示した鹿島の力

「我々のチャンスはわずかだが、やれることを期待している」

 朝に訪れた医者は、私の疾患そのものよりも、彼の愛するペルセポリスを観るために私がテヘランに訪れたことに関心がある様子でそう話していた

「そうなれば誰もが幸せになれる。今のイラン国民には、幸せになれる何かが必要だからね」

 もちろん鹿島は、それを阻むために乗り込んできた。だがキックオフが近づくにつれて、スタジアムの生み出す力に耐えることが可能なのかどうかと本格的に疑いが感じられてきた。

 大岩剛監督のチームは1stレグで2-0のリードを奪っており、アウェイゴールを1点取ればペルセポリスには4点が必要になると分かっていた。だがホームチームが先にゴールを決めたとすれば、この雰囲気の中で鹿島が持ちこたえられるとは考えにくかった。

 しかし、一直線にゴールへ向かおうとするペルセポリスがFWのゴドウィン・メンシャとアリ・アリプールを裏へ走らせるなど序盤には多少危うくなる場面もあったとはいえ、安定したディフェンスラインと、ACL史上初めて3回の優勝を経験する選手となったGKクォン・スンテがチームを落ち着かせた。後半以降は、初の大陸王者のトロフィーを逃すことには絶対にならないと感じられた。

 最終的にそれを可能としたのは監督と選手たちの力だった。中立のファンの心を捉えるようなスペクタクルとは程遠かったとしても、鹿島はまさにやるべき試合をした。

 イランのファンは試合後も印象的だった。敗れ去った英雄たちを称えるため大勢が観客席に残り、歴史的瞬間を目撃するため日本から遠路はるばる旅してきた200人ほどのサポーターとともに鹿島の選手たちが勝利を喜ぶことも許していた。

 私にとっても選手たちにとっても決して楽な旅ではなかったが、アザディ・スタジアムでのあの夜の記憶は決して色褪せることはないだろう。

(取材・文:ショーン・キャロル【イラン】)

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