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日本車LEGEND#5(昭和58~60年)レーサーレプリカ大航海時代【昭和~平成を駆け抜けた国産名車たち】

11/16(金) 15:20配信

WEBヤングマシン

日本が生んだ伝説の名車たちを紹介する新シリーズ。国産市販バイクが世界の頂点に上り詰めた昭和44年(1969年)から現代に至る50年の間に登場した“エポックメイキングなロードスポーツ“をテーマににお届けする。本稿は昭和58~60年(1983~1985)、“レーサーレプリカ大航海時代“編。

【今回登場する名車たちの写真をまとめて見る】

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フルカウルとセパハンの認可が下り、本格レーサーレプリカが次々と放たれる

時代の主流は空冷エンジンから水冷エンジンへ、そして大型バイクは世界最速を目指してしのぎを削り合った。それにやや遅れてはじまったのがレーサーレプリカブームだ。昭和55年(1980)に登場したヤマハRZ250が当時の同TZ250と設計思想を共有していたことから「レーサーそのまま」という言葉が雑誌に踊り、若いライダーたちを熱くさせた。そして昭和58年に登場したのがスズキRG250Γだったのだ。フルカウルをまとい、セパレートハンドルを装着した姿は、まさしくレーサーレプリカ(レーシングマシンの複製)そのものととらえられ、熱狂のレーサーレプリカブームがはじまることになる。昭和58年(1983)には東京ディズニーランドが開園し、任天堂ファミリーコンピュータが登場。昭和59年(1984)には週刊少年ジャンプでドラゴンボールの連載がはじまり、前年の北斗の拳などと合わせてジャンプ黄金期を迎える。昭和60年(1985)には夏目雅子が死去し、西遊記ファンなどに衝撃を与えた。

カウル×セパハンの本格レーサーレプリカ:RG250Γ

’83年、保安基準が改正され、ついに国内でもレーサー的なカウリングとセパレートハンドルが認可されることになった。この機を捉え、いち早く登場したレプリカ路線のマシンがRG250Γである。量産車初のアルミフレームをはじめ、「ヤッコ凧」と呼ばれた大型カウル(オプションでフルカウルもあり)やセパレートハンドル、流行のフロント16インチ、サイレンサー別体式チャンバーなどを採用。レーサーそのままの姿は、ライバルが時代遅れに見えるほど革新的だった。さらに並列2気筒はクラス最強の45psを発生。RZより軽い131kgの車体もあり、市販車レースで好成績を博した。以降のレプリカブームを決定付けた1台である。

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最終更新:11/16(金) 15:26
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