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若くして静かにグラウンドを去った、プロ野球「元・天才」たちの告白

11/17(土) 14:00配信

現代ビジネス

 野球少年なら、一度は夢に見るプロ野球選手。幼い頃から努力を重ねようやくその入り口にたどり着いても、今度は才能がひしめく世界で生き残らなくてはならない。今年も、敗れ去る者たちがいる。

母と野球を同時に失って

 25日、いよいよ今年のドラフト会議が幕を開ける。プロ野球1球団の支配下選手数は最大70人。希望に胸を膨らませて入団する選手がいれば、彼らのために席を空けなくてはならない選手もいる。

 横浜DeNAから戦力外通告を受けた白根尚貴(25歳)も、席を空けなければならなかった一人だ。

 「一年一年、人が入ってくるということは、それだけ出ていかなければいけない人が絶対にいる。すべてを出し切る覚悟を持ってやってきたのですが……」

 こう悔しげに語る白根の才能は、島根の開星高校時代から有名だった。

 当時の監督だった野々村直通氏は、白根を「まごうかたなき天才だった」と語る。

 「白根の前後で、梶谷(隆幸・DeNA)、糸原(健斗・阪神)とプロ野球選手が生まれましたが、野球のセンス、感性というのは白根が抜群でした。体勢を崩されても技術でヒットにできる。天性のモノを持っていた」

 才能を最大限に発揮した白根は、エースとしてチームを甲子園に3度導いている。

 そして、'11年のドラフト会議でソフトバンクから内野手として4位指名を受け入団する。契約金は4000万円だった。

 この契約金は、母子家庭出身の白根にとって母・みゆきさんへの大きな恩返しとなった。

 〈次は、活躍する姿を見せて喜ばせる〉

 そう誓った白根だが、プロの世界はそう甘くない。高校時代、投げてはエース、打っては通算40本塁打と、投打で圧倒的な実力を示していたとはいえ、白根を超えるセンスを持つ選手などプロの世界にはごまんといた。

 「一生懸命練習したつもりです。でも、一流の選手にはなかなか追いつけない。彼らは自分の頭で考えている。

 監督やコーチからアドバイスを受けることも大切ですが、その通りにやって結果が出るかどうかはわからない。必要な部分と、そうでない部分を自分でちゃんと選択する。それが僕はできていなかった」

 結局、12球団でも有数の層の厚さを誇るソフトバンクでは一度も一軍での試合出場を果たせず、'15年オフに退団。トライアウトを経てDeNAに移籍した。

 移籍後、より一層の努力を続けた白根は、'16年に3試合、'17年には12試合と、一軍での出場機会を少しずつ増やしていく。

 〈今度こそ母親に活躍している姿を見せられる〉

 白根がそう思っていた矢先の今年4月、母・みゆきさんは54歳の若さで帰らぬ人となった。

 そして、失意に暮れたシーズンを終えた末に待っていたのは非情な「宣告」だった。

 「母親に野球と、自分の大切なものを一度に失い、今までの人生で一番辛かった。このままでは、母に顔向けもできません。あと1年でもやれないか、必死になって頑張ろうと思っています」

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最終更新:11/17(土) 15:50
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