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伝統の「W」は復調するか?早稲田大学の最強ルーキーが照らす未来とは。

11/30(金) 13:16配信

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 高校No.1の実績をひっさげ、鳴り物入りで早稲田大学に入ったルーキーが、初めての駅伝シーズンを迎えている。

 学生三大駅伝の初戦、出雲駅伝ではエース区間の3区を任され、トップとはわずかに7秒差の区間4位。続く全日本大学駅伝では3区を走り、区間賞を獲った東海大学の館澤亨次とは10秒差の2位だった。

 “中谷雄飛”の名を売るには十分にインパクトのある走りだったが、本人は「区間賞を獲りたかったです」と引き締まった表情で前を向く。

 おそらく相当な負けず嫌いだ。

 ひたむきな向上心がひしひしと伝わってくる。

大迫さんの活躍する姿を見て。

 陸上競技を始めたのは小学2年生。クラスの友人と地元のマラソン大会に出場したのが切っ掛けだった。その大会は3番以内に入るとメダルがもらえたそうで、それが少年には宝物に見えたという。

 「初めて出たときは7番だったんですけど、それが悔しくて。それから母親と練習を始めて、次の大会ではメダルをもらいました。わりと当時は盛り上がっていた大会だったんですけど、以降は中学を卒業するまでずっと1番でした」

 出身地の長野県下諏訪町近辺は陸上競技が盛んな土地柄で、東海大学の關颯人(3年)ら優秀なランナーを数多く輩出している。標高も高く、クロカンコースも豊富で、練習環境としては申し分なかったと話す。

 高校は地元の強豪校である佐久長聖高校に進学し、そこで将来の目標が明確になった。

 「高校の先輩である大迫(傑)さんが活躍する姿を見て、僕もトラック種目で世界と勝負できる選手になりたいと思いました。ちょうど大迫さんが日本選手権で5000mと10000mの2種目で勝ったりして、オリンピックにも出ていたので、憧れはあります」

高校時代はまさに無敵。

 高校時代の中谷はまさに無敵と言われる強さを誇った。留学生ランナー相手に後塵を拝すことはあったが、日本人選手相手に負けたのは高校2年の都道府県駅伝が最後。それも相手は1学年上の選手だった。高校3年で出した5000m13分47秒22の自己記録は高校歴代5位に相当する好タイムだ。

 高校の先輩である大迫や竹澤健介(5000mの日本人学生記録保持者)の背中を追うように、2018年4月に早稲田大学に進学した。2つの駅伝の成績を見ると順調な時を過ごしてきたように思えるが、すでに挫折も経験したという。

 「関東インカレ(5000mに出場して25位)くらいからですね。調子を崩して、自分でも苦しくなって、高校の恩師である高見澤(勝)先生に相談したこともあります。その時に先生が『高校時代にずっと良い形で来られたから、いつかこんな日が来るとオレも思っていた』と言ってくださって。それでちょっと安心したというか。

 『今はしんどいかもしれないけど、あまり悲観的にならずむしろ足元を見つめ直す良い機会だと思ってやってごらん。今はガマンだよ』って。僕もそうだと思ったし、それからは高校時代の練習を取り入れたり、ひとりで練習をやらせてもらったりして、徐々に調子が上がってきました」

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最終更新:11/30(金) 13:16
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