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映画「ボヘミアン・ラプソディ」が大ヒット「Queen」の知られざる“親日家伝説”

2018/12/3(月) 7:31配信

デイリー新潮

 ロックバンドQueen(クイーン)と、そのボーカリストであるフレディ・マーキュリー(1946年~1991年)を描いた映画「ボヘミアン・ラプソディ」が、大ヒットしている。最終的には興行収入は50億円を超えるとの声も……。

【画像】バンド結成40周年記念 イベント「クイーン展」取材時にメンバーと

 そもそも、クイーンの曲がヒットしたのは70年代から80年代にかけてである。なぜ、人気がいま再燃しているのか、彼らを日本に紹介し、その人気が世界に飛び火という逆輸入現象を生みだした「ミュージック・ライフ」元編集長の東郷かおる子さんに話を聞いた。

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東郷:映画は私も2回見ました。1度目は試写でしたが、観客の反応が見たくて、劇場に行ったのですが、満員ですごい盛り上がり。泣いてる方もいて私もウルッとしちゃいましたよ。

――観客の多くはリアルタイムを過ごした50代以上でしょうか。

東郷:それが若い人も多いの。11月24日のフレディの命日にはミュージック・ライフの出版元だったシンコーミュージックで、追悼の献花式が行われたんですけど、500名くらい集まりました。そこでも20代、30代の若い女性がかなりいたそうです。30代くらいの女性にとっては、キムタクが主演した月9ドラマ「プライド」(フジテレビ:2004年)のテーマソングに「I Was Born To Love You」が使用されたことや、ドラマをきっかけに発売されて170万枚も売れたベストアルバム「ジュエルズ」で彼らを知った人もいるでしょう。20代の女性なら、両親が聴いていたという人も多い。テレビではCMはもちろん、スポーツ番組などでは「We Will Rock You」や「We Are The Champions(伝説のチャンピオン)」もよくかかるから、知らず知らずのうちに耳に馴染んで、あとからクイーンだったと知った人もいるはず。そこへこの映画が公開されたわけです。

親日家は本当か

――CMなどに曲を使用する際も、彼らは日本からの依頼には極めて寛容とも言われる。

東郷:だって、本当に親日家ですからね。特にフレディは、日本の美術が大好きでした。美術学校でデザインを学んだことや、ペルシャ系インド人の両親の元に生まれたことからアジアに親近感を持っていたのかもしれません。髪も黒かったですしね。また骨董の目利きも出来たようです。「これが伊万里で、これが九谷でね……」なんて説明されたことがありますよ。壷とか、大皿とか……私はまったく分からないんですけど。自宅には、わざわざ日本から庭師を呼んで日本庭園を造って、池には鯉を飼っていた。映画にも出てきますが、病に侵された晩年は、可愛がっている猫を懐に抱いて池の鯉を眺めていたそうです。86年だったか、お忍びで日本に来たことがあるんですけど、その時も京都とか金沢とかの古美術店を回って、3千万円ほど使ったそうです。壷、皿、掛け軸、浮世絵、そして火鉢は10個買ったなんて言っていました。一体、なにに使うつもりだったのでしょうか。

――だが、彼らは最初から日本贔屓ではなかったという。

東郷:日本なんてどこにあるかも知らない、未開の国だとでも思っていたんじゃないですか。もともと彼らは、イギリスでもアメリカでも歯牙にもかけられていませんでした。73年に発売されたデビューアルバム「戦慄の王女」(英国:7月13日発売、米国:9月4日)もまったく売れなかった。日本での発売は半年後の74年3月(25日)だったんですが、発売前にテスト盤を聞いてみると、これがよかったんですよ。それで私は記事を書いたんですが、結構な反響があった。編集部に女性から葉書も来るし、電話もきました。フレディの誕生日は? ロジャー・テイラー(ドラム)の身長は? ジョン・ディーコン(ベース)の家族は? なんて質問が……。当時のロックって、レッド・ツェッペリン(Led Zeppelin)やディープ・パープル(Deep Purple)に代表されるムキムキの男の世界。ジミー・ペイジのギターがどうとか、リッチー・ブラックモアが……という感じで、女子供は入る余地のない時代です。ですから、私がクイーンを記事にしたときも、業界ではアメリカで売れないバンドなんか記事にするなと言われたものです。でもね、プレスリーだって、ビートルズだって、ブームを作ったのは女性なんですよ。もちろん、見た目だけでファンになるわけではないんです。いい音楽があって、ファッション、インタビューの言葉づかいとか、厳しい関門をくぐり抜けた者が選ばれる。そして一度ファンになったら女性は強い。私が好きなんだからいーの! という感じです。だから、クイーンの問合せが女性から殺到したときには、何かこれまでとは違うと思いました。

――どこでクイーンが売れるという確信が持てたのか。

東郷:まず彼らの曲が素晴らしく、フレディの3オクターブ半は出るという声もいい。そして見た目も小ぎれいでしたしね。ハンサムだし、ちょっと化粧したりして少女漫画のごとく美しかった。

――だが、フレディは正直言って綺麗、ハンサムとは言いがたいものが……。

東郷:男性の言うハンサムと女子が思うハンサムは違いますからね。ちょっと崩れているところもまたいいわけです。そして、私の場合は74年にアメリカで彼らのステージを見ているんです。当時、CBSソニーからイギリスのバンド、モット・ザ・フープル(Mott The Hoople)のタイアップ取材の仕事があって、その時に前座として出たのがクイーンでした。前座だから時間も短いし、機材もお粗末。でも、パフォーマンスは見事で、真っ白なサテンのパンツで出てきたフレディを見て、日本の女の子に受けないはずがないと確信しました。そしてこの時、私が昼食中に、偶然ロジャーが同じ店に入ってきたんです。声をかけると怪訝な顔をしていましたが、無理もない。東洋人からいきなりカタコトの英語で話しかけられているんですから。そこで持っていた「ミュージック・ライフ」を見せたんです。当時の日本の音楽雑誌は、欧米のタブロイドみたいな物に比べると厚いし立派でしたからね。そこにワケのわからない日本語と共に自分たちの写真が載っているわけです。感激したロジャーが、「明日、取材に来ない?」というので、もちろん行きました。本来ならマネージャーも通さず、そんなことやってはいけないんですけどね。そこでジョンとも会うことが出来ました。ツアー中に肝炎にかかったブライアン・メイ(ギター)は青白い顔だったのが印象的でした。残念ながら、フレディはお買い物中とのことでしたけどね。

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最終更新:2018/12/4(火) 15:33
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