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【イップスの深層】二軍で1試合登板のみ。森大輔のプロ野球は終わった

12/5(水) 8:30配信

webスポルティーバ

連載第21回 イップスの深層~恐怖のイップスに抗い続けた男たち

「中国に行ってくれ」

 2006年5月、入団3年目の森大輔は球団からそのような要請を受ける。横浜ベイスターズと中国・天津ライオンズは業務提携を結んでおり、選手やコーチなどの人材交流をしていた。

■【イップスの深層】森大輔が驚愕。ありえないボールの握りをしていた

 中国では野球はマイナースポーツであり、競技レベルはどうしても低い。そんな場所に派遣されるということは、もはや森は球団から戦力として計算されていないことを意味していた。

 森は当時を振り返りながら「屈辱ですよね……」とつぶやいたきり、しばらく黙り込んだ。そして時間を置いてから、あらためてその日の心情を吐露(とろ)した。

「悔しい。苦しい。泣きたい……。オレの評価はこんなもんだよな……と」

 もちろん、球団には環境が変わることで森のイップスが改善されるかもしれない、という期待もあっただろう。森も「何かためになるなら……」と中国行きを決意した。

 だが、状況は何ひとつ変わらなかった。相変わらず捕手への恐怖心と左ヒジの痛みに、森は苦しめられた。

 5月から8月までの4カ月間を中国で過ごし、日本に帰国した森を待っていたのは、球団からの戦力外通告だった。プロ生活わずか3年。高い契約金を支払う自由獲得枠の選手としては、異例のスピード解雇だった。

「NPB(プロ野球)での3年間、これほど野球がつらかった時期はありませんでした。何回泣いたことか……。イップスを克服しようとしてもできない。ヒジも痛いけど、『治ったところでどうせ……』と思っている自分もいました」

 社会人時代と同様、身近な人間にイップスを打ち明け、悩みを相談することもできなかった。

「弱音は言えなかったですね。それは周りの期待値と現実のギャップがありすぎるから。自由獲得枠で入団して、高い評価をいただいたのに、現実の自分は2ケタ勝利なんてとんでもない。人前で投げることすら恥ずかしいような状態なわけですから……」

 一軍登板なし。二軍ではイースタンリーグ1試合に登板し、1イニングを被安打1、奪三振1、四球1、失点0。これが、森大輔というプロ野球選手の最終成績だった。森に「やりきった」という思いは微塵もなかった。

「よく戦力外通告を受けた選手がテレビで取り上げられていますよね。家族がいる人は大変だと思うんですけど、でも彼らは力を出し切ってクビになっているわけじゃないですか。僕は『全然つらくないじゃん』と思ってしまうんです。『下には下がおるよ!』って」

 森は失意のうちに郷里の石川県七尾市へと戻ってきた。ここで、森は人に勧められるままに左ヒジを手術している。ヒジにメスを入れたのは、横浜時代から2回目のことだった。

「いつも新しい自分に期待しているんです。投げることをしばらく休んだら、リセットされてまた投げられるようになるんじゃないかって。手術を受けて、麻酔が切れて目が覚めたときに『自分は変わったんだ』と。根拠なく思い込もうとしていましたね」

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