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【イップスの深層】二軍で1試合登板のみ。森大輔のプロ野球は終わった

12/5(水) 8:30配信

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 就職したのは、白寿生科学研究所という医療機器メーカーだった。血流を改善する機器「ヘルストロン」を販売している会社だ。森は島根・橋北店で4年働き、現在は地元・七尾店に配属され、店長を任されて3年になる。

 上司である大野眞一所長(金沢営業所)に森の働きぶりについて聞くと、じつに誇らしげにこう語ってくれた。

「森くんはとても優秀で、よくやってくれています。お客様との距離が近い店長だと感じます。また、会議でも常にポジティブな発言をしてくれるので、我々も前向きに仕事ができます。すごくありがたい存在ですね」

 森が仕事に前向きに取り組む理由、それは自身がイップスを経験したことと無縁ではない。人の痛み、弱さを知っているからこそ、できることがある。

「肩こりや腰の痛みに苦しむ人は多いですよね。人によっては『肩こりなんてたいしたことない』と言う人もいますけど、その肩こりひとつで寝られない人だっているわけです。病気の重さ、軽さはありますけど、本人にとっては軽い問題ではないんです。だから僕はいま、人を助けるために懸命にやろうと思っているんです」

 意気に感じる仕事はある。家族も妻と息子2人、円満に暮らしている。どう考えても、公私ともに満ち足りた生活だ。

 だが、それでも森はこんな夢を見ることがあると言う。

 胸に「BAY STARS」のロゴマークが入ったユニフォームに身を包んだ自分。高い年俸を受け取り、高いクルマを乗り回し、華やかな世界の中心にいる自分。常に自信に満ちあふれた表情をしている自分……。

「僕は自分がイップスになったことも、プロをクビになったことも自分のなかで受け入れたんです。野球を愛して、これ以上ない舞台に行ったけど、投げられなかった。それはもう受け入れるしかない。でも、何回も何回も同じような夢を見るんです。受け入れているはずなのに、悔しくてしょうがないですよ。

あの内海(哲也/巨人)にだって負けていなかった……と言っても、誰も信じてくれません。『だって、あなた投げられなかったんでしょう?』って。でも、僕だって投げたかった。たくさんのお客さんの前で、テレビカメラや記者が大勢見ている前で、豪快なフォームで投げたかったんです……」

 森の悲痛な叫びは、ひっそりと七尾の夜に溶けていった。

(つづく)

菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro

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