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歩道橋が消える? 高齢者配慮などで大量撤去時代に

12/6(木) 10:12配信

NIKKEI STYLE

横断歩道橋は今や影が薄くなった社会インフラの一つ。交通事故対策で1970年前後に全国で大量に設置されたが、高齢化に伴い撤去の憂き目に。一方でバリアフリー化など社会ニーズに応える整備も始まった。
時は高度経済成長期。戦後復興とモータリゼーションで交通量が急速に増え、60年代から70年代に交通事故死が急増した。死者が70年に過去最高の1万6765人を記録、交通戦争との異名をとったほど苛烈だったのだ。
もちろん国や自治体は、歩行者と車をガードレールで分離するなど対策を急いだ。そんな安全対策の決定版こそ横断歩道橋の設置。土木建築に詳しい、ものつくり大学(埼玉県行田市)の増渕文男名誉教授によれば、わが国の第1号歩道橋は西枇杷(びわ)島歩道橋。59年、愛知県西枇杷島町(現清須市)の幹線道路に架けられた。
道路を横断して小学校に通う児童の交通事故が目立ち、「PTAが町や警察に働きかけたことがきっかけ」だという。宇都宮市出身の記者(56)も小学校時代、友人を交通事故で失った。
この第1号歩道橋は2010年に架け替えられたが、空中部分(長さ12メートル、幅2.5メートル)は、名古屋大学の橋梁保全技術研修施設「ニュー・ブリッジ」に保存されている。
その後、第2号登場までには少し時間を要した。「道路上に人道橋を渡すという考えに、道路法や建築基準法が追いつかなかった」と増渕名誉教授。市区町村道、県道、国道で道路管理者が分かれ、調整が難しかったことも影響したようだ。62年に北九州市にできた第2号に続き、同年中に岐阜市や東京都に少なくとも15橋が設置された。
マイカー元年(66年)目前の65年、国は道路法を改正して歩道橋設置の根拠となる規定を整備、歩道橋の標準設計案も考案した。こうして大量架橋時代が始まり、70年代半ばまで国と自治体は歩道橋増設を急いだ。
歩道橋の存在感が増すと同時に、非難の声も出るように。

歩道橋自体が自動車優先の表れだという思想的な側面や、高齢者や自転車の横断に向かないという機能的な面からだ。日照被害が起きる、土地価格が下がる、環境が悪化するなど住民訴訟も相次いだ。
そんな声に耳を傾け、標準設計は味気ないとして景観を配慮しようとの動きも始まった。77年の蓮根歩道橋(東京・板橋)は、なだらかな形態と中央広場のベンチが特徴で、歩道橋として初の土木学会田中賞を受賞した。
近年は少子高齢化に伴い、バリアフリー化が求められるようになった。自転車用のスロープの追加やエレベーター併設タイプもできている。
歩行者と車の分離が徹底され、現在、交通事故死は過去最低の3694人(17年)。一方で60~70年代に架橋された歩道橋は老朽化が進む。東京都は都道に590橋を管理しているが、8割がこの頃のものだ。住民から撤去要望が出るようになり、都はこの20年で100橋を撤去した。全国では国と自治体合わせて1万1699橋(12年)あるが、同様に撤去の動きは広がる。歩道橋大量撤去時代が始まっているのだ。
東京都の本間信之橋梁構造専門課長は撤去には3つの基準があると話す。(1)歩道橋に隣接して横断歩道がある(2)利用者が12時間で200人未満(3)通学路の指定がない――だ。それでも「自治会や警察との合意形成に時間が必要で、撤去に地元要望から4年ほどかかることが多い」という。
今後、歩道橋はどうなるのだろう。第1号橋を保存する名大大学院の中村光教授は「まちづくりと一体化した繊維強化プラスチック(FRP)製の橋などが生まれると思うが、数は減り続ける」と予測する。景観対応、バリアフリーに加え、街の一部としてどんな機能を担うかで、歩道橋の姿が決まりそうだ。
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最終更新:12/6(木) 12:15
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