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戦前日本の「外交機密費」は、いったい何のために使われていたのか

12/6(木) 14:00配信

現代ビジネス

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「闇ガネ」とも批判される機密費。自衛隊のPKO日報問題、「森友・加計」問題など、公文書管理への関心が高まっているが、奇跡的に残された戦前の外交機密費の史料には、領収書が貼付されていたり、金額・日付・受領者が備忘録のように記されていた! これらの史料をもとに、満州事変から日中戦争への道を描いた話題作『機密費外交――なぜ日中戦争は避けられなかったのか』の「はじめに」を公開する。
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ブラックボックスのなかの機密費

 機密費は今も昔も厚いベールに包まれている。今年(2018〈平成30〉年)3月、政府ははじめて内閣官房報償費(官房機密費)の文書を開示した。官房長官の判断で支出される官房機密費は、昨年(2017年)度の予算が約12億3000万円で、内外の情報収集を目的としているとされる。使途の公表や領収書の提出義務はない。

 実際のところ今回の文書開示によって、支出の9割は「政策推進費」であることがわかった。しかし支払先が明らかにされることはなかった。領収書がなく支払先も特定されないとなれば、憶測を呼ぶ。官房長官の「闇ガネ」になっているのではないかとの批判や官房機密費の廃止、あるいは領収書を徴収すべきとの意見もある。官房機密費の実態はわからないままである。

 昨年(2017年)は自衛隊のPKO日報問題・「森友学園」問題・「加計学園」問題などが政治問題化した。公文書管理に社会の注目が集まった。このような状況を背景に、公文書管理をめぐる改革の議論が進展している。ところが機密費はブラックボックスのなかに入ったままである。

戦前は記録されていた機密費文書

 今でもわからないのだから、昔はもっとわからなかっただろう。

 この難問の解明に取り組んだ先駆的な事例が松本清張「陸軍機密費問題」(初出は1964〈昭和39〉年)である。田中義一陸軍大将は、300万円を持参金として、立憲政友会の総裁の地位を手に入れる。1927(昭和2)年に首相の座に就く。この300万円の出所が問題だった。陸軍機密費から出ているのではないか。松本清張の探索がはじまる。

 結論からさきに述べると、300万円の出所は陸軍機密費ではなく、シベリア出兵(対ロシア革命干渉戦争)費の使い残しだった。松本清張はそう推理している。

 探索の途中でわかったことがある。陸軍機密費は陸相が交代するたびに、次官立ち会いの下で現金や公債額を帳簿と引き合わせて引き継ぐことになっていた。これでは田中大将といえども300万円をくすねることはできなかった。陸軍機密費はつかみ金ではなく、部外秘ではあっても記録があったようである。

 
戦前の機密費の研究は、伊藤博文の内閣機密費による情報戦略や第二次西園寺公望内閣(1911~12年)の機密費史料、大正12~15(1923~26)年の陸軍機密費史料などの事例研究があるに止まる。

 これらの研究から断片的にわかるように、整った書式に領収書が貼付されている場合であれ、金額・日付・受領者の名前が備忘録のように記されている場合であれ、機密費の支出は記録されていた。戦前の日本においても機密費の総額は公表されていた。近代国家が備えるべき会計制度は備えていた。会計検査院の検査が不要であっても、当事者は記録を残していた。

 戦後になって70年以上を経ても、官房機密費はブラックボックスのなかにある。戦前並みには領収書を取り、支出先も記録し、非現用文書の扱いになれば原則として公表すべきだろう。官房機密費の文書は行政文書なのだから。

 それにしてもこれらの研究は、いずれも一次史料の不足から隔靴掻痒の感がある。もっとも新しい研究の渡辺延志『軍事機密費』も同様の限界を免れていない。

 同書が主に依拠しているのは、東京裁判の際の国際検察局尋問調書である。この尋問は、自身に戦争責任が及ぶかもしれないような極限状況のなかでおこなわれた。国際検察局による旧軍人への尋問が真実を明らかにしているとは限らなかった。旧軍人の証言を別の一次史料とのクロスレファレンスによって、確認する必要がある。ここでも一次史料の不足に直面することになる。

 このような一次史料の状況を改善することになったのが2014~15年の小山俊樹監修・編集・解説『近代機密費史料集成Ⅰ 外交機密費編』全6巻+別巻(ゆまに書房)の刊行である。

 この史料集は外務省外交史料館所蔵の「満洲事件費関係雑纂」の写真版として、誰でも手にすることができる。この史料集の刊行前まで、外交機密費の実態は秘密のベールに包まれていた。刊行後、外交機密費ははじめて本格的な実証研究の対象となった。この史料集の公刊の社会的な意義は大きい。

 それにしても機密費関係の史料は敗戦時に焼却処分されたはずである。事実、1945(昭和20)年8月15日の降伏に先立って、政府は前日の14日に閣議で重要機密文書の焼却を決定している。その日の午後になると陸軍省から機密文書を焼却する煙が立ち上った。降伏の当日になると霞が関の官庁街からも煙が立ち上った。重要機密文書の大半は焼却された。

 ところが満州事変期の外交機密費の史料が残存していた。この史料集には在中国公館と本省とのあいだの往復電報や機密費の領収書が収録されている。部外秘の外交機密費関係の支出であっても、支出責任者は領収書を受け取り、本省に報告する義務があった。本書はこの史料集の読解をとおして、満州事変期の機密費外交の展開を追跡する。

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最終更新:12/6(木) 14:00
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