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没イチ同士、没イチを語る 小谷みどり×中瀬ゆかり・『没イチ パートナーを亡くしてからの生き方』刊行記念対談

12/7(金) 12:30配信

Book Bang

「没イチ」とは配偶者と死別した人のこと。夫を亡くした女同士の涙と笑いの本音トーク! 

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中瀬 関西人同士、しかも同じ大学の先輩後輩という不思議なご縁で。まずは小谷さんからご自身と、この本について。

小谷 第一生命経済研究所で「死生学」の研究をしています。7年半前に朝起きたら、突然、夫が死んでいたんですね。どう死を迎えるのかという研究をしてきて、大切な人の死に接し、その後、一人で生きていかなければいけない事態に陥って、人の死を「二人称」の死ではなく、「私」の死という観点でしか考えていなかったと初めて気づいたんです。結婚したら離婚しない限り、生き残るか、先に死ぬかどっちかなんですね。「デッド・オア・没イチ」って言ってるんです。私は「未亡人」に違いないんですが、その言葉がすごい嫌で。賛否両論あるかもしれないんですが「バツイチ」っていう言葉があるんだったら、私は配偶者と死に別れた人を「没イチ」と呼んで、みんなに共通することなんですよということを言いたくて、この本を書きました。

中瀬 小谷さんは「没歴(死別してからの年月)」が7年半。私も没歴が3年半で没イチです。事実婚というやつで18年連れ添った19歳年上、無頼派と呼ばれた作家の白川道――無頼派というとかっこいいんですが、服役歴もある、ただの借金まみれのオッサン――ある朝彼が徹夜マージャンから戻ってきて、スポーツ新聞で競輪の予想している時にぽっくりと死んでしまった。人からは白川のことをあんなろくでなしとよく一緒にいるなとか言われたり、友人で漫画家の西原理恵子にも「家の中に泥棒飼っとるやんけ」と。でも本当に彼のことが大好きで、「トウチャン」と呼んで、「趣味はトウチャン」っていうぐらいはまってました。18年間、喧嘩もしたけど基本的には「わしらは魂の双子やな」って笑い合っていた。彼は「わしは絶対お前より先に死ぬから」「でも先に宇宙に行って一番輝く星になっているから、そこを目指して飛んでくるんだぞ」と言っていたんです。でも、私はトウチャンが死ぬなんていうことはずっと考えたくなかった。それが大動脈瘤破裂という病気で本当に一瞬であの世に行ってしまったんですごい辛かったんです。今もまだ「辛かった」って過去形にできないかもしれない。小谷さんの本は「あの時、出ていたらどんなに助かったかな」ていう本だったんです。
 まずうかがいたいのは、残される方が辛いのか、残す方が辛いのか問題っていうのがありますよね。

小谷 何回か世論調査をやったんですが、全体の結果でいうと、大切な人に先立たれて自分が残る方が怖いんですね。

中瀬 私が先に死んでたらトウチャンは何もできなかっただろうなと思うんで、辛いんだけど残されるのが私でよかったです。うちはかなり年が離れていたんで、普段から「俺が死んだら」ってことをすごい言ってたんですよ。例えば「墓はいらないから散骨にしてくれ」「音楽はコレかけろ」、猫のお骨がずっとあったんで「一緒に海に撒いてくれ」、場所は「俺が生まれた湘南の海だ」と。まだ先だと思っていても、死については割と夫婦で語り合ってたんですよね。それがすごい幸いして、ばーっと実行できたんです。

小谷 夫は42歳で死んだんですけれども、職業柄、日々、死んだらどうするかの話を夫婦でしてたんです。ところが、私が覚えてなかったんです。そんな歳で死ぬとは思ってないから。

中瀬 うちは聞き流すには物語性があったんですね。散骨ってロマンチックな響きもあるし。普通だったら「ねえ、あなたが死んだらどうしてほしい」なんて切り出すと、「俺を殺す気か!?」なんて、疑われたりするじゃないですか(笑)。

小谷 でも核家族化が進んでいますから普段から考えておかないと。私が一番困ったのは、夫が突然死んだことを会社の誰に言えばいいかだったんです。一緒の家に暮らしていても、分からないことって一杯あったんだなって。

中瀬 意外と、長く連れ添っても相手が望んでいることを知らないまま、本人の意に沿わない形で送る人もいるのかもしれませんね。そう考えると儀式って、あくまでも生きている人のためのものだなっていうのも実感したんです。亡くなった時に余りの喪失感で涙も出ないというか、呆然として全然実感が湧かなくてっていうときに、儀式をやらなきゃいけないっていうのが、実は助かったんですよ。でも、一周忌は知ってたんですけれども、三回忌は3年目でやると思ってて、丸2年でやるって知らなくて、危うく飛ばしそうになった。私、3年半たってもまだ、家が遺影だらけなんです。

小谷 私も壁に一杯貼ってあります。

中瀬 取ると祟られそうな気がしてきて(笑)。遺影を外すタイミングっていうのが分からないんですけど。

小谷 日本の文化では生きてる人は死んだ人と一緒に暮らしているんです。昔は仏間があって亡くなった人、ご先祖様の写真とか飾ってありましたでしょ? 毎朝、仏壇にご飯あげたり、頂き物は仏壇に供えてから食べるなどの習慣も、そういう文化だからなんですね。ところが今、仏間も仏壇もないので遺影を置かない家なんかも増えてきているそうです。

中瀬 うちも仏壇ないですけど遺影はリビングの中央に置いて、毎朝毎晩コーヒー入れたりお酒をおいたり、最近、実の父も他界したのでその遺影も。遺影がどんどん増えていく不吉な館みたいになるじゃんて思いながら(笑)。でもあったらほっとするし、「行ってきます」「ただいま」っていうのが習わしみたいになって。

小谷 一生そのままでいいんじゃないですか? 見守ってくれているんだって思うと、生きている人にはがんばろうっていう力になるわけですから。

中瀬 私、すごい占いとか霊能師とかが好きで、白川の生前から趣味で回ってたんですよ。どうしてもトウチャンにもう一回会いたい、しゃべりたい気持ちになって霊能者の所に行って、「彼はなんて言ってますか?」と聞くと、「俺が通販で買ったフライパン捨てただろう」と本当のことなんでビビって、「ばれた!」と思ったんです。ほかにも突然テレビが、それもトウチャンの好きだった競輪のチャンネルがついたり、夜、水道の蛇口からドボドボッと水が流れる音でびっくりして近寄ってみたら、猫が3匹とも天井見てて、「ああ、あそこにいるんだな」と思ったり。

小谷 私は霊は無いと思うんですけど、「一方通行の愛」というか、私が思うとそこにいるっていうイメージですね。

中瀬 本の中では、ご主人が亡くなってから慰めの言葉が嫌だったって? 

小谷 「大変ですね」はまだいいんですけど「悲しいでしょう」「寂しいでしょう」って言われるのは。大切な人を亡くしてすぐって普通の精神状態じゃないので、なんであなたは幸せそうにそんなこと言うのって反発する意識はありました。親友から言われるんだったらいいんですけど、初対面の人に夫のことを聞かれて亡くなったっていうと「悲しいでしょう、寂しいでしょう」って言われる。「なぜ、今日会ったばかりのこの人に『悲しいです』って言わなければならないんだ」って。実はそれより辛かったのは、研究の関連講演が何カ月も先までずっと入っていて、1年以上前から決まっていた講演をなかなか断れなかった。でも「夫が先日死にました」なんて言うとみんなドン引きするし、その話をせずに死についてしゃべるっていうのはすごい精神的にきつかったんです。たまたま四十九日の日がお坊さんの研修会の講演で、「今日は夫の四十九日です」って言ったら、あるお坊さんは烈火のごとく怒るんです、「そんな日にくるなー!」って。要らんことは言わん方が一番ええわと思いました。ほかにも別のお坊さんから「あんまり楽しそうな顔しない方がいい」って。「小谷さんの夫が死んだことを知っている人が見たら、『なんて妻だ!』と思うから」って……お坊さんに傷つけられました。

中瀬 私は死後1週間でテレビに復帰したんですよ。家に一人でいると気が狂いそうだったんで隙間を埋めるように。でもさすがに、突然、涙が出たりするんで精神安定剤持って局に入ったんですが、当然下ネタも言うし、笑ったりするわけですよ。テレビを見ていた人で違和感を感じた人もいたんだろうなと思うんですけど、私なりにそれでしか生きられないっていうことはあったんです。周りの目に苦しめられるっていうのはありますね。

小谷 そうです。私はこの経験をしてから、街を歩いている人が愛おしくなった。きっとみんな心の中に問題や悩みを抱えてますけど、泣きながら歩いている人いないじゃないですか。悲しそうに見えなくても心の中に悲しいこと、不安なことを持っている人たちが街に出てきているんだなって、心が広くなりました。

中瀬 わかります。悲しみに向き合うと、誰かの心にもある「悲しみ」に気づくんですよ。

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最終更新:12/7(金) 12:30
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