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母が認知症になった脳科学者の考察 「母らしさ」はいつ、どのように失われるのか

2018/12/17(月) 11:00配信

文春オンライン

 なるほど。同居している母親がアルツハイマー病になったとき、脳科学者である著者はどれだけ事態を冷静に把握し、どれだけ適切な対応法を試みていったのか――そんな内容が述べられた本は初めてだ。少なくとも医者とは違った発想が出てくるだろう。そこが興味をそそる。

 本書には二本の柱がある。ひとつは、実際に認知症の母と向き合うそのドキュメンタリーおよび脳科学的文脈の「工夫と考察」だ。

 もうひとつは、記憶を失っていく人間のありようそのものに関するテーマである。人の身体は七年で細胞が入れ替わるという都市伝説があるが(それが間違った俗説である理由のひとつは、脳神経細胞は死んだら再生しないことだ)、そこに加えて過去の記憶がなくなってしまったら、もはや「かつての母」と「今の母」とのあいだに連続性は途絶えてしまっていないか。似て非なる別人に変貌してしまったと考えられないか。あまりにも悲しい疑問だけれど、その当否が語られる。

 まず前者については、結論は精神科医と似たところに着地する。ただし割り切り方においてはいくらか分割線が異なるようだ。たぶん精神科領域の人間だったら不安とか困惑といった言葉をもっと多く(あるいは安易に)使ったのではないか、といった具合に。いずれにせよ、新鮮な視点から認知症への向き合い方が論じられて示唆に富む。

残っている「母らしさ」とは何なのか?

 ハイライトは後者であろう。著者は語る、「つまり、認知能力の衰えによって、一部『母らしさ』が失われるのは、疑いなく事実である。しかし、認知能力が衰えても、残っている『母らしさ』があるならば、それは一体何なのか?」と。

 キーワードは「感情」である。理性に比べて感情は子どもじみた、いわば野放図な精神活動と見なされがちだろう。だが理性と感情とは二項対立されるべきものではない。感情もまた知性のひとつであり、むしろ直感とか交感といった人工知能を超える能力として評価されるべきものらしい。

 そしてアルツハイマー病では感情が残る、しっかりと。「感情は、生まれつきの個性であり、また、認知機能と同じように、その人の人生経験によって発達してきた能力であり、いまだに発達しつづけている能力である」。ならば、たとえ認知症になってもその人らしさが消滅する筈がない。

 認知症となった人の心に生じる日常のちょっとした感動や喜び、そうした繊細な感情を汲めるだけの余裕を家族が取り戻したとき、かつての母は今の母と重なり合うのである。

おんぞうあやこ/1979年、神奈川県生まれ。脳科学者。専門は自意識と感情。2002年、上智大学理工学部物理学科卒業。07年、東京工業大学大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻課程を修了(学術博士)。共著書に『化粧する脳』、訳書に『顔の科学』がある。

かすがたけひこ/1951年、京都府生まれ。精神科医。著書に『援助者必携 はじめての精神科』『私家版 精神医学事典』など。

春日 武彦/週刊文春 2018年12月20日号

最終更新:2018/12/17(月) 11:00
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