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東海大史上最強。箱根駅伝「山コンビ」はいかにして誕生したのか

1/7(月) 6:50配信

webスポルティーバ

東海大・駅伝戦記 第44回

 東海大が初めて箱根駅伝を制覇した。

 レースまでのアプローチを変え、練習内容は長距離中心になり、コンディションづくりは選手の自主性に任せた。それが選手の責任感とやる気を生み、競技への意識も取り組み方も変わった。

■東海大が悲願の初優勝。快走の布石は昨年の箱根から始まっていた

 さらにレースでは、両角速(もろずみ・はやし)監督が重視した4区で館澤亨次(たてざわ・りょうじ/3年)が区間2位の走りで前を走っていた青学大をとらえて2位に上がったことなど……勝因はいくつも挙げられる。

 ただ区間配置で言えば、2区、5区、6区が早めに決まったことが大きい。とりわけ5区と6区の山上り、山下りの“特殊区間”は、箱根を制するために非常に重要になるのだが、これまで東海大はとくに5区が鬼門になっていた。

 そして今回、その5区に西田壮志(たけし/2年)が入り、6区のスペシャリスト・中島怜利(れいり/3年)と山のタッグを組んだ。ともに身長165センチに満たない小さなふたりが、とてつもなく大きな働きを見せたのである。

 今シーズン、西田は好調だった。3月の立川学生ハーフで3位、10月には1万mで28分58秒74の自己ベストを更新した。初の駅伝デビューとなった全日本大学駅伝では4区を走り、区間3位。初駅伝は左足アキレス腱痛を抱えていたため後半は粘れなかったが、それでも大舞台での経験を積んだ。

 その後、故障を完治させ、箱根に向けて万全を期すために上尾ハーフマラソンを回避。その分、ジョグの距離を伸ばすなど長距離を走れる体づくりを進め、距離に対する不安を解消した。

 学校近くにある弘法山を走り、19キロコースのヤビツ峠も5回ほど走った。最初は、同じく山区間の候補だった東優汰(4年)と走ることもあったが、11月からはレースを想定して、ひとりで黙々と走った。

 チームではムードメーカー的な存在だ。普段はチームメイトにいじられ、先輩にもかわいがられる。練習グラウンドでニコニコしていたら両角監督から「もうちょっと気を引き締めてやれ!」と叱責されたが、それでもめげずに明るいキャラでチームを盛り上げる。

 そんな西田だが、競技に対する意識は高い。夏に実業団の合宿に参加し、昨年12月の福岡国際マラソンで優勝した服部勇馬(トヨタ自動車)と同部屋になった。そこで競技に対する姿勢や、日常生活におけるアスリートとしての意識の高さを学んだ。

 大学に戻ると、まずジョグの距離を長くした。また、もともと体が硬く、それが故障の原因にもなっていたが、体のケアに時間をかけ、メンテナンスに気を遣った。それから競技力が上がり、「自分の成長を楽しんでいます。山は、相当いけると思います」と自信満々の表情を見せるようになった。

 5区は、高校時代からの夢だった。これまで東洋大の柏原竜二や青学大の神野大地が5区を駆け、順位を一気に上げていく姿を見て「カッコいいな」と思った。体型が似ている神野の走りに自分を重ね、九州学院の恩師である禿雄進(かむろ・ゆうしん)に「必ず5区を走ります」と宣言していた。

 そして、ついに箱根の5区を任される時が来た。設定タイムは73分30秒にした。

 トップ東洋大とのタイム差は2分48秒。4区の館澤から襷(たすき)を受けると、差をつめるために突っ込んで走った。

「うしろの青学との45秒差はまったく気にしていなくて、とにかく前を追おうと思っていきました」

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