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日本代表に影落とす“背番号11の呪い”が北川にも…カズ超えはなぜこんなに難しいのか〈dot.〉

1/11(金) 16:00配信

AERA dot.

 1月9日に行われた2019年アジアカップ(UAE)初戦のトルクメニスタン戦。最悪の入りを見せてしまった日本は前半からビハインドを背負い、8年ぶり5度目のアジア王者奪回にいきなり黄色信号が灯った。

 それでも、後半に入って絶対的1トップ・大迫勇也が4分間で2点を叩き込み、弱冠20歳の新星・堂安律が巧みな反転左足シュートで同大会最年少ゴールをゲット。3-1になった瞬間、誰もが勝利を確信したはずだった。

 しかし、残り10分強というところで、背番号11をつける新戦力・北川航也がハーフウェーラインで相手MFにボールをさらわれた。そして、ゴール前まで持ち込まれ、最終的に抜け出したFWを権田修一が倒してPKを献上してしまう。それを決められて再び1点差に詰め寄られた終盤の日本は浮き足立ち、いつ同点に追いつかれてもおかしくなかった。幸いにして3-2で逃げ切ったものの、A代表公式戦初出場の北川のワンプレーがリズムを失わせたのは事実だ。

「自分が前を向けると思ってチャレンジした結果なので、そこに対しての後悔はないですけど、結果を見たら失点につながっている。相手が勢いづいたのも確かです。あのプレーはJリーグだったら抜けていた。そこが国際試合との違いだと感じるので、自分も学習しながらやっていければと思います」と22歳の若きアタッカーは努めてポジティブに振る舞おうとしていたが、アジアカップ独特の難しさを体感したのは間違いないだろう。

 過去の日本代表を見ると、点取屋のエースナンバーであるべき「背番号11」というのはなかなか厳しい足跡を辿っている。1992年アジアカップ(広島)初優勝の立役者となったカズ(三浦知良)はMVPに輝き、日本代表を長くけん引したが、1998年フランスワールドカップ出場は叶わなかった。その大舞台で11番をつけたのは、当時18歳の小野伸二。ただ、彼の11番もこの場限り。のちの主要大会では数多くの点取屋に引き継がれていった。

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最終更新:1/11(金) 16:46
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