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「ポスト浅村」西武・山野辺翔。補欠の高校時代からプロまでの成長過程

1/11(金) 19:21配信

webスポルティーバ

 ドラフト上位でプロに進むほどの選手だから、高校時代からそれ相応の片鱗を見せているものだと思ったら、名前も聞いたことがない選手がなかにはいるものだ。たとえば、昨年のドラフトならDeNA1位の上茶谷大河(京都学園→東洋大)、阪神1位の近本光司(兵庫・社→関西学院大→大阪ガス)、広島2位の島内颯太郎(福岡・光陵→九州共立大)については、高校時代に名前さえ知らなかった。

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 それでも今になって聞いてみると、3人ともチームの中心選手として活躍し、その地域ではそれなりに知名度があったという。だが、昨年のドラフトでただひとり、名前を知るどころか、ギリギリでベンチ入りしていた……そんな危うい高校生活を送った選手がいる。

 それは西武から3位指名で入団した内野手の山野辺翔(やまのべ・かける/桐蔭学園→桜美林大→三菱自動車岡崎)である。

 山野辺のことを「いい選手だなぁ」と感心したのは、桜美林大3年の頃だ。当時は体の線も細く、まだ非力だった。140キロ台のストレートに力負けすることが多く、どん詰まりの打球も多くあった。それでも全力疾走で駆け抜けるスピードに勢いがあったから、詰まった内野ゴロがことごとくセーフになる。

 二塁手としての守備も、打球に対しての反応のよさ、フットワーク、グラブさばきが秀逸で、投手が「打ち取った……」と思う打球を確実にアウトにしてみせた。

 桜美林大が絶対的エースの佐々木千隼(現・ロッテ)を擁して、首都大学リーグを初めて制したのが2016年の秋。そのチームで「1番・セカンド」として活躍していたのが山野辺だった。

 秋のリーグ戦後に行なわれた明治神宮大会でも、リードオフマンとして毎試合長打を放ち、準優勝に大きく貢献した。

 4年になると非力さは消え、むしろ甘い内角寄りの球を強引に引っ張って、弾丸ライナーでスタンドインするシーンもあった。「こんなにいい選手が隠れているんだなぁ……」と、あらためて大学野球の奥深さを痛感させられたものだ。

「ひと口に言えば、パッと見て目立つ選手じゃありませんでした。当時監督だった土屋(恵三郎/現・星槎国際湘南高校監督)さんも『大丈夫かなぁ……。メンバーに入れないんじゃないか』って心配していましたから。でも、練習は人一倍やっていました。こっちが指示しなくても、自分で課題を見つけて練習できる選手でした。結局、レギュラーにはなれなかったんですけど、印象深い選手でしたね」

 当時、コーチとして山野辺を指導していた片桐健一氏(現・桐蔭学園監督)が、懐かしそうに振り返る。

 そういう選手だったから、進路も桐蔭学園の選手にしては“地味”だった。「桜美林」という学園は、高校の方は1975年夏の甲子園で全国制覇を果たしているほどだが、大学の方は硬式野球部が首都大学野球連盟に加盟したのが2009年で、当時は二部からのスタートだった。その後2014年に一部に昇格し、2016年にリーグ戦初優勝と、歴史は浅い。だから、高校球界でバリバリ活躍していた選手はほとんどいない。

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