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李登輝が考える「日本」と「中国」の決定的な違い

1/12(土) 12:11配信

Wedge

『武士道』に代表される日本人の精神性と最も対照的なのが、中国の『論語』だと李登輝さんは言います。唯一の日本人秘書である早川友久さんが、その意味を解説します。

 私が台湾を初めて訪れ、文字通り「ハマって」しまった頃に読んだ本に、漫画家の小林よしのりが描いた『台湾論』がある。2002年ごろのことだ。この漫画のなかに、もちろん李登輝も登場するのだが、そのなかで忘れられないセリフがある。

 李登輝はインタビューに訪れた小林にいう。

「あの当時の日本が、理想的な日本人を作ろうとして、作り上げたのがこの李登輝という人間なんだ」

 総統として台湾の民主化を成し遂げた人物が、臆面もなく断言することに衝撃を受けたのだ。

「公」と「私」の区別

 それから十年あまり、まさか自分がその人物のそばで働くことになるとは露ほども思わなかったが、近くで見る李登輝の精神はまさに日本人以上のものだと改めて感じるようになった。そばで見ていて、李登輝が最も厳しく考えているのは「公」と「私」の区別だ。象徴的なのが、李登輝が銀行に口座を持っていないことだ。

「自分はお金のやり取りに一切タッチしない」ということで、いつしか口座はすべて閉じてしまった。原稿料や講演料は、李登輝基金会の口座へ振り込まれる。退任総統としての恩給はすべてお孫さんに渡して、家の内外のやりくりに充ててもらう。台北市内にある自宅の名義もすべてお孫さんの名義だ。

 これほどまでに李登輝が神経を尖らせているのは、退任後に何度も根も葉もない噂やでっち上げ報道で名誉を汚されてきたからだ。たとえば、2000年の総統選挙では、李登輝は出馬せず、当時副総統だった連戦が国民党の総統候補となったが、この選挙で連戦は敗れ、民進党の陳水扁が当選した。台湾史上初の政権交代が実現したわけである。

 ただ、それは裏返せば、歴史的な経緯はさておき、とにかく戦後50年あまり台湾で政権を担ってきた国民党が初めて下野した瞬間だったともいえる。国民党の内部からみれば、独裁的なそれまでの既得権益を手放し、さらには政権まで手放すことになった最大の「戦犯」の汚名を李登輝に着せるのはむしろ当然の流れだったのかもしれない。

 国民党の主席も即座に辞任した李登輝と夫人を襲ったのはマスコミのデマ報道による攻撃だった。選挙が終わり、国民党の下野が決まって一週間もしないうちに、新聞に「李登輝夫人、8,000万米ドルを持って国外逃亡」と書かれたのである。54箱に詰めた米ドルを持って米国に逃亡した、などとまるで見てきたかのようなでっち上げ記事であった。

 もちろん、李登輝夫妻は選挙後もずっと台湾にいるわけで、たとえ現在のようにインターネットがない時代であっても容易にその嘘が判明する記事なのだが、「選挙に負けたから国外脱出」という思考経路が、未だ台湾に巣食う中国式思想を思わせる。

 中国では、古くから政権が交代すれば、前政権に携わっていた人間は容赦なく粛清されたり、財産を剥奪されるといった、前近代的な「易姓革命」という政治思想があった。つまり、完全なスクラップ・アンド・ビルドで、前政権は跡形もなく消去され、新しい政権を確立するという概念である。

 でっち上げニュースを作った人間の頭のなかに、こうした前近代的な「易姓革命」という中華的思想があるからこそ、「李登輝夫人が米ドルを抱えて国外逃亡」という記事になったのだろう。

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最終更新:1/12(土) 12:11
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