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看取りに接する医師と看護師が伝える、医療者まかせの看取りが怖い訳

1/12(土) 6:00配信

ダイヤモンド・オンライン

 人は自分の死を自覚した時、あるいは死ぬ時に何を思うのか。そして家族は、それにどう対処するのが最善なのか。
16年にわたり医療現場で1000人以上の患者とその家族に関わってきた看護師によって綴られた『後悔しない死の迎え方』は、看護師として患者のさまざまな命の終わりを見つめる中で学んだ、家族など身近な人の死や自分自身の死を意識した時に、それから死の瞬間までを後悔せずに生きるために知っておいてほしいことを伝える一冊です。
「死」は誰にでも訪れるものなのに、日ごろ語られることはあまりありません。そのせいか、いざ死と向き合わざるを得ない時となって、どうすればいいかわからず、うろたえてしまう人が多いのでしょう。

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 今回は、『後悔しない死の迎え方』の著者で看護師の後閑愛実(ごかんめぐみ)さんと、『医者の本音』の著者で外科医の中山祐次郎(なかやまゆうじろう)先生という二人の医療者による対談を収録しました。
看護師、医師という2つの視点から、患者さん、あるいは家族が死とどう向き合っていってほしいかを語ってもらいます。(撮影:永井公作)

● 医療者と患者の距離

 後閑愛実さん(以下、後閑):医療者の死生観で、患者さんの生き方が右往左往されてしまっているんじゃないかと思うことがあります。中山先生の著書『医者の本音』の中でも書かれていましたが、医師にとって患者さんの死は2.5人称。やっぱり家族と同じにはなり得ないですよね。そうはいっても、3人称、その他大勢の死というほどでもないとは思いますが、家族も本人もすべて医療者まかせということにはしてほしくないと私は思っています。

 中山祐次郎先生(以下、中山):説明を足すと、2人称は「あなた」、3人称は「どこかの誰か」。つまり2人称は家族などの大切な人、3人称は見知らぬ人。医者と患者さんの距離ってどれくらいあるんだろうって考えた時に、やっぱり家族にはどうしてもなり得ないし、愛する人でもない。けれどもまったく知らない他人ではない、というところで2人称と3人称の間、2.5人称と私は考えています。
それくらいの距離感が、医師として冷静かつ温かみのある判断ができるのではないかと感じています。
ただ、医者の死生観もさまざまで、それを押し付けるのか押し付けないのか、それとも家族にまかせてしまうのか、まかせるならどれくらいか、8:2なのか5:5なのか。そういうのは人にもよるでしょうし……難しいとこですよね。

 後閑:近すぎず遠すぎず、ということですね。ちなみに、近すぎたなという例はありますか?

 中山:ありますね。医者として若かった頃のことです。
私はその時、研修医だったんですが、医者として大した貢献ができずにいて、だけどどうにかしたいという気持ちがあったから、おそらく私は距離を詰めすぎてしまったんです。
その患者さんの病室に休みでも通ったり、医療と関係ない話もたくさんしました。その患者さんはがんで、その後亡くなられました。私はその方のお葬式に行ったんですよ。お葬式に行って、すごく辛い思いをしました。すごく心が傷ついたので、これがしょっちゅう起きたら、とてもじゃないけど自分の心が持たないと思いました。

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