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受け継がれていく「愛のバトン」――吉川景都『さよならわたしのおかあさん』

1/12(土) 8:00配信

Book Bang

 おかあさん、と呼ぶ人が私にはいなかった。

 就学前に家を出た母が正式に父と離婚したのは、私が小学六年生のころだったか。そこに至るまで、子どもだった私の目から見ても様々なことがありすぎて(主に母のことで)、そのことはこんなに大人になった今でも、私の中で消化できていないし、きっと消化できることはないのだとどこかで諦めてもいる。

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 母が家を出るまでの記憶で、残っていることはほとんどない。おかあさん、と呼んでその胸に飛び込んだこともあっただろうに、おかあさん、と呼んで戯(おど)けてみせたこともあっただろうに、母がいなくなってからの時間が積み重なっていくうちに、写真が色褪せていくかのように、薄くぼやけてしまって思い出せない。思い出せないのか、思い出したくないのか、その境界さえあやふやになってしまっている。

 おかあさん、と呼ぶ人がいなかったことはずっとずっと私の“傷”だった。いや、だった、ではなくて、今でもそれは古傷のようにある。若かったころは、かさぶたになりかけたその傷をわざわざ自分で剥がしては、じゅくじゅくと流れるその血を見たりした。癒えない傷がある、というのは、どこかで私の免罪符だった。人間関係がうまくいかないことも、恋人と別れたことも、全部その傷のせいにできた。私にはおかあさんがいなかったから、どこか人格形成に問題があるのはしょうがない、と開き直ることでしか立ち直ることができなかった。

 傷は傷のまま消えないけれど、でもそれは私という人間を損なうものではない。私を損なっているのは私自身で、母とのことは関係ない。そんな当たり前のことに気付くのに、どれだけの時間がかかったことか。そのことに気付いてから、「母娘」がテーマの物語の読み方が変わった気がする。それまでは、自分にとって「母娘もの」はある意味で鬼門だった。過度に感情移入しないように意識して読んでいたため、読み終わると不必要にぐったりしていたのだ。馬鹿じゃなかろうか、と今では思えるけれど、その時はそういうふうにしかできなかった。

 今では「毒親」という言葉も認知され、親子関係には呪縛という側面があることも知られているし、親子だから必ずしも仲睦まじくあらねばならないわけではない、という認識も広まってきている。その家、その家ごとのベストな家族、というものはあっても、「理想の家族」などというものはない。ベストな家族、と書いてしまったが、何がベストなのか、もまた、その家族次第なのだ。

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最終更新:1/17(木) 12:19
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