ここから本文です

琴奨菊は相撲史に残る貴重な存在。大関陥落した力士の苦闘の歴史。

1/12(土) 10:01配信

Number Web

 「日本出身力士」というぎこちない言葉を目にしなくなって久しい。

 日本人力士が2006年の栃東を最後に優勝から数年遠ざかり、国技館から日本人の優勝額が消えた。朝青龍と白鵬があまりに強く、その壁を破ったのは日馬富士であり、琴欧洲であり、そして把瑠都だった。モンゴル人力士とヨーロッパ系の力士が上位を席巻し、太刀打ちできる日本人力士はあの頃いなかったのだ。

 そして、その空白を打ち破ったのは旭天鵬だった。モンゴル出身の彼は優勝した時は既に帰化していた。そのためその後の争点は「日本人力士」ではなく、日本出身力士の中で誰が優勝するか? ということに変わったわけである。

 琴奨菊が優勝したのは、2016年初場所。早いものであれから3年経過した。

 豪栄道がこれに続き、2017年には稀勢の里が2回、2018年は御嶽海、そして先場所は貴景勝が賜杯を抱いた。もはや日本出身力士の優勝が珍しいものではなくなった。

琴奨菊も、上位に帰ってきた。

 2019年の見どころは、誰が時代を変えるのかというところなのだが、番付に目をやると横綱は3人、大関は2人が30代で、いまだベテランが上位を守っていることも事実だ。

 そしてあの時歴史を作った琴奨菊もまた、上位に帰ってきた。

 琴奨菊は優勝の翌場所に、稀勢の里の変化を受けてから勢いを失った。1年後に大関陥落。7回目のカド番を凌ぐことはできなかった。大関在位は32場所で、歴代大関の中でもかなり長い部類だ。

 大関から陥落した力士が、その後に強さを保つことは難しい。現役を続けることも簡単ではない。年6場所制以降に大関に昇進した力士の中で、陥落後も現役を続けて関脇以下で引退した力士は13人いるのだが、今回は彼らがどのような軌跡を辿っているか追ってみたいと思う。

若いうちの大関陥落は希望あり。

 まず、若くして大関陥落した力士を見てみよう。

 ここに含まれるのは、24歳で陥落した大受、雅山、そしてデビューから約5年で陥落した出島もここに含まれる。彼らについては陥落後も強さを保ち、息の長い活躍をしたといえるだろう。大受は27歳で引退しているが、雅山はその後11年、出島は8年の長きにわたって現役を続行している。

 そして雅山と出島は、以降の現役のおよそ半分を横綱大関と対戦する地位で闘っている。出島は23場所、雅山に至っては41場所だ。大相撲のベスト16に名を連ね続けられるのはごく限られた力士だけだが、この2人はそれができたのである。

 彼らは大関昇進前と陥落後では、全く別の力士人生を歩んでいるといえるかもしれない。昇進前は大相撲の頂点をガムシャラに目指し、陥落後は大関への返り咲きを虎視眈々と狙う。陥落したことは不運だったかもしれないが、大関を経験したことによって太く長く土俵人生を送れるのだからわからないものである。

 25歳で陥落した照ノ富士は今場所三段目の下位まで番付を落としており、大変厳しい状況ではあるが先人の活躍を見ればまだまだ可能性は残されているといえるのではないだろうか。

1/3ページ

最終更新:1/13(日) 0:01
Number Web

記事提供社からのご案内(外部サイト)

Sports Graphic Number

文藝春秋

968・969号
12月20日発売

特別定価600円(税込)

<スポーツブーム平成史>熱狂を超えろ。

大谷翔平×篠山紀信、夢のセッション実現!
【スペシャルインタビュー】 大谷翔平「二刀流、U.S.A.を席巻す」

あなたにおすすめの記事