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20年前の「日産の救世主」ゴーン、その知られざる〝光〟の素顔

1/13(日) 10:00配信

現代ビジネス

 カルロス・ゴーン(64)が逮捕後、初めて公の場に登場した東京地裁での勾留理由開示手続きのニュースは、フランスでも大々的に報道された。

 50日に及ぶ刑務所暮らしを象徴する頬のこけたイラストを眺めながら、20年前に初めてインタビューした当時の「日産の救世主ゴーン」の地中海人的な明るさを思い起し、ゴーンが今後、どんな道を辿るのかに思いを馳せた。

20年前、ルノーの二番手時代

 1999年4月6日は、フランスも参加した米軍主体の激しい空爆に耐えかねたユーゴが、一方的停戦を発表するなどコソボ紛争が慌ただしい動きをみせていた。

 その日の午後3時、パリ郊外のルノー本社でルイ・シュバイツアー社長をインタビューし、日産との包括的パートナーシップ「アライアンス」の意味などについて質した後、最後に「日産には誰が行くのか」と尋ねたら、「今いるから紹介する」と言われて会ったのが、当時ルノーのNo.2のゴーンだった。

 それで急遽、ゴーンのインタビューを実施し、初の日本人記者とのゴーン単独会見が思いがけずに実現した。

 ゴーンの第一印象は、下町の中小企業の社長みたいな感じだった。

 シュバイツアーが高級官僚養成所の国立行政院(ENA)出身という経歴や長身痩身の外見も含めて、良い意味でも悪い意味でも典型的なフランスのエリートなので、余計にその違いが際立った。

 シュバイツアーはミッテラン大統領時代のファビウス首相の官房長を経てルノーに入社。92年から社長を務めていた。

 当時、仏政府はルノーの株の44%を所持していた。ノーベール平和賞のアルベール・シュバイツアーやジャン=ポール・サルトルは親戚だ。もし、シュバイツアーが日産に行っていたら、再建に成功しただろうか、と後に思ったことがある。

 日本人と最も肌が合わないのは、フランスのエリートだと思うからだ。

陽気で気さくな地中海人

 ゴーンの両親はレバノン人だが、ブラジル生まれなのでレバノン国籍とブラジル国籍を所持する。高校時代からフランスに留学し、仏国籍も取得した。

 理数科系のエリート校、国立理工科学校(ポリテクニック)卒で、さらに同校の上位数人が進級可能な国立高等鉱業学校(MINE)卒という大秀才だ。仏大手タイヤ、ミシュランで工場長やブラジル・ミシュラン社長を経て96年にルノーにNo.3として入社した。

 ゴーンは学歴も経歴も超エリートだが外見は黒髪、小太り(当時)で良く笑う陽気な地中海人に見えた。

 情け容赦なくベルギー工場閉鎖や人員整理で「カッター・ゴーン」と呼ばれていたことが嘘のようだった。赴任の時、リュックを背負い、子供(4児の父)の手を引いてタラップを降りて行ったので、威儀を正して迎えに来ていた日産のお偉方は仰天したらしい。

 日産でゴーンを大歓迎したのは、現場で働くエンジニアや労働者だったとも聞いた。日産の全車種に乗り、自ら運転し、「こんな素晴らしい車を製造する会社がなぜ、経営破綻したのか」と慨嘆したからだ。

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最終更新:1/13(日) 10:00
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