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高校サッカー史上最大の歓声を集めた「消えた天才」の壮絶人生

1/13(日) 13:00配信

現代ビジネス

 全国高校サッカー選手権。明日の決勝戦に進出する2校が決まった。今回で97回めを迎えるこの大会は、昨年、100回めを迎えた夏の甲子園大会と並ぶ、高校スポーツの花形である。

 この長い歴史のなかで、途中出場でわずか25分だけのプレーだったにもかかわらず、国立競技場が揺れるほどの大歓声を呼び起こし、全国のサッカーファンに忘れられない強烈な印象を残した選手がいる。

 将来の日本代表を背負うといわれた逸材だったが、高校卒業以降、日本代表どころか、いっさい表舞台でプレーすることはなかった。

 この「消えた天才」に何が起こったのか? 

6万人が待ちわびた天才MF

 その瞬間、6万人を超える観衆は、ただ1人の選手の登場を待ちわびていた。

 1983年1月8日、東京・国立競技場。第61回全国高校サッカー選手権決勝。山梨県代表・韮崎高校対静岡県代表・清水東高校。

 Jリーグが発足する10年前。ワールドカップへの出場がまだ夢のまた夢だった時代。日本のサッカーで、唯一高校サッカーだけが人気を集めるコンテンツだった。そのなかで、この2校は、帝京、古河第一、武南などと共に、高校サッカー界では突出した存在だった。

 清水東は、1980、81年にインターハイ2連覇、81年度の全国高校選手権準優勝、韮崎は、全国高校選手権で、79年度準優勝、80年度3位、81年度準優勝と、これまでの3年間で常に日本一を争ってきた。だが、両校とも、いまだ全国高校選手権優勝という栄冠は手にしておらず、お互い初のタイトルをかけての一戦だったのだ。

 後半10分過ぎ、清水東が3点をリードしている場面、いよいよその選手が登場する。

 観客が待ちわびた選手の名は、羽中田昌(はちゅうだ まさし)。韮崎のミッドフィルダーだ。

 1年生のときから、強豪・韮崎の主力として活躍し、3年生でチームの核となっていた羽中田が、なぜこれだけリードされる展開になるまで、ベンチに温存されていたのか? そこには、羽中田の人生につきまとう、人間の努力や意志の力ではどうすることもできない、運命のいたずらとしか思えないものが作用していた。

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最終更新:1/14(月) 13:50
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