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なぜベンチャーはブラック企業になりやすいのか? 起業家にとっての「労務管理」

1/13(日) 8:32配信

HARBOR BUSINESS Online

 栄光なき起業家の連載、第三回目ですが、今回は番外編です。今回は、私自身の経験も踏まえ、なぜベンチャー企業は過重労働に陥りがちなのか、これから起業する上で何をするべきなのか?ということを、法政大学キャリアデザイン学部の上西充子教授に伺いました。

◆起業家と労働法

――多くの起業家が創業直後に働きすぎで体を壊したり、従業員の方も体調を悪くしたりするケースを見てきました。創業者が働くというのは、当然株主としてのリターンがあるのでわかるのですが、従業員がそこに引っ張られすぎてしまって合わせようとしてしまう部分があるのではないか、それは不健全なことなのではないか、と思うのですが、上西先生はどう思われますか。

上西充子教授(以下、上西):人を雇うっていう意識がないんですよね。

 成功された社長も、苦労してお金をためて、一店から店を広げて大成功されたりしているわけですよね。そうすると、自分がこれだけ頑張ったのに、なんでお前は頑張らないんだ、ということをおっしゃる。

 言いたくなる気持ちはわかるんですよ。でも、同じように頑張ったとして、創業者と同じだけの利益を得られるわけではないですよね。結局給与と残業代しか払わないわけですよね。残業代だって実質払っていなかったりするわけでしょ。立場が違うということを認識されていないんだと思います。

――雇う側と、雇われる側には大きな違いがある、と。

上西:自分のリスクで起業して、失敗する人もいて、それはいいことだよ、と社会に許容されていますけど、人を雇う以上は、この社会の労働法というルールを守らないといけないんですよね。相手の一生を背負うとか、家族みんな面倒を見るということまでは言わないけど、自分が雇う側として労務管理というスキルを持っていないでベンチャーやるのは危ないよ、と。

 お金の算段がまずかったとか、立地が悪かったとか、そういうことも大事なんですけど、労務管理はとにかく大事だよ、と。一人でやってるとか、共同経営者で一緒に儲けていこうと言うなら別ですけど、雇ったらそこは労使関係になるわけだから、変なことをやったら相手が亡くなったり、訴えられたりする可能性もあるわけですよね。訴えられたときに「なんで?」って思うかもしれないけど、「それはあなたの意識が足りないだけですよ」と。

 でも、それに対して、ベンチャーって大事だよということが言われ過ぎていると思います。人を雇うときに、本当に大丈夫?と聞きたくなることもありますよね。飲食店を経営するには、食品衛生責任者の資格のある人が必要じゃないですか。でも、人を雇うときに免許があるわけではないですよね。

 これ、私が書いた『大学生のためのアルバイト・就活トラブルQ&A』という本なんですけど、働くっていうことはいろんなトラブルがありえて、でもそれを全然知らないままに就活したり、バイトしたり、就職する人がほとんどなんですよね。そうすると、企業が言うことが絶対になってしまうんですよね。そうすると、今度は自分がベンチャー企業を興したときにもわからないままになってしまう。

――労働者として知識がないと、雇う側としても知識がないから適切に扱えない。

上西:自分が雇われているときは、ブラック企業に潰されるのが嫌だ、と思いますよね。自分が雇う側になったり、先輩として部下を教えたときにも、同じなんです。だから、ワークルールが必要なんです。

――労務管理を含めた、雇う側が守るべき社会の最低限のルールが浸透していないということでしょうか。私自身、会社を作るときにいろいろ労働法を勉強して、雇うのって相当大変だし面倒だな、と感じました。

◆ベンチャーに就職する前にすべきこと

――ベンチャー企業やスタートアップに入ると「成長」するぞ、と言われるわけです。成長っていうのはお金じゃなくて、人生を捧げて事業が伸びれば「成長」できるぞ、と。私はどうもそういうのが苦手で……。

上西:でも、社長は儲けてるんですよね(笑)。お金じゃないんだ、って言っている人が、本人は儲けてて、事業のことになると一円を無駄にするな、みたいなことを言っていたりして、おかしいですよね。

――夢ばかり膨らんでしまうと、過重労働になってしまったり、仕事とプライベートが一体化していくことが正しいのだ、というような思考になってしまったり。創業者のビジョンに引っ張られてしまう。

上西:ただ、それも心から信じていると言うより、信じさせているところがあると思うんですよ。結局、「お金じゃなくて成長なんだ!」って言って、信じてくれたら都合がいいわけじゃないですか。

 私の授業に、ある企業の人事の方をゲストに迎えたことがあるんですよ。企業の方を授業でご紹介しようという話があって、お受けしたんですけども「うちは女性の育児休業復帰率はこんなに高いんです」みたいな話をされたんです。学生は「ほー」となるじゃないですか(笑)。

 それでね、次の週に「育児休業復帰率っていうのはね、辞めた人は分母に入らないんだよ、だから、辞めないで続けられる見込みがある人だけが退職しないで育児休業取って、それでも復帰できないというのはよほどのことだから、大抵の企業が80%とか90%とかあたりまえなんですよ。それはあなたが絶対に復帰できるという意味ではないんだよ」という話をしたんですよ。(参照:「復職率(復帰率)が高くても、女性が働き続けられているとは限らないことに注意!」--上西充子)

 いいことしか言わない人がこの前来たから、すごいって皆さん思ったかもしれないけど、社会勉強ですし、あのとき「すごい!」と思った人は、考え直してくれと(笑)。

――企業の側は、自覚的なんですね。

上西:信じているというよりは、騙しているんですよね。例えば、採用情報を見ると、給与が25万だ、30万だと書いてあるところでも、固定残業代込だということを表示していなかったりする例もあるわけですよね。それをごまかしている。

 労働法を知らなくて間違えている例もあるけれども、労働法とか気にさせないように誘導して、文句があれば「お前は金のために働いているのか?」と言って、労働条件とか福利厚生とかを気にさせないようにする、ということを確信犯的にやっているところも多いと思うんです。

◆「楽しくてもブラック」な会社はある

――ブラック企業というイメージは、辛かったり、死にかけていたりするイメージを持っている人も多いと思うんですよね。つまり「楽しかったらブラックじゃないんだ」と思っている人がほとんどだと思う。そこを利用されているようにも思います。学生さんは特に「つまらないけど福利厚生がしっかりしている大企業」と「死ぬほど働くけど楽しいベンチャー」みたいに二極化して考えているケースが多いのではないでしょうか。

上西:「やりがい搾取」という言葉がドラマでも流行りましたけどね(笑)。

 そこそこ面白い仕事で、ちゃんとした労働条件を勝ち取ればいいんじゃない?と思うんですよね。でも、積極的にそういうことを言う人が少ないですよね。

――ベンチャー企業、特にスタートアップ企業は、自分自身が金融商品になるわけで、投資家からすると出来るだけ早くエグジット(上場や売却)してほしいわけですから、起業家や経営陣自身もプレッシャーを受けるわけですよね。上場されたりすると、社会の公器になるわけですから更にプレッシャーがあって、プライベートで遊んでいるときも気が休まらず、趣味もこっそりやる人もいます。プレッシャーをかける側も、別の側からプレッシャーを受けている部分があるんです。また、ベンチャー企業の中には、投資を受けるために赤字でもどんどん成長していって、その次のラウンドで投資を受けて、上場したり会社を売却する、というモデルを取っている企業も多くありますが、このような成長モデルのもとでは、どうしても時間の余裕がないので、過重労働になりやすいのではないでしょうか。それから、中小企業だと、そもそも利益を生む体質になっていないがゆえに過重労働に依存してしまう部分があると思います。

上西:ベンチャーで働くということは、組織が整っていないところで働くということですからね。

 まず、自分が労働法を知らないままベンチャー企業に行くということはすごく怖いことだよ、ということですね。

 自分が知っていれば、社長の話を聞いたり、面接やインターンシップに行ったとき、その会社がまともかどうかはある程度判断できると思うんですよ。でも、自分の中のモノの見方がまったくないと「社長すごい」と心酔しちゃうんですよね。

――「こんなに任せてくれる会社は他にはない!」とか(笑)

上西:「一緒に成長したい」とかね(笑)

――でも、社長は株を持っていて、自分は持っていなかったりするわけですよね。

上西:なかなかそういうふうには冷静に見られないですよね。

◆働きすぎで人は死ぬ

――これまでの話を伺っていると、会社も、労働者も、起業家や経営者も、リスクを把握していないように思えます。人は労働で死なない、と思っている。

上西:自分も死ぬだろうし、人を死なせるかもしれないし、人の人生を破滅させるかもしれないんです。(NHK記者で、過労死の労災認定された)佐戸未和さんのお母様が、こういうふうにおっしゃっていたんですね。「生身の人は死ぬんです。働きすぎで人は死ぬんです」と。過労死という言葉は知っていても、自分の家族や配偶者や友達が、このままだと死ぬというような、想像力は持てないわけですよね。

 過労死遺族のインタビューを読むと、皆さん「死ぬとは思わなかった。そんなことになるとわかっていたら、強引にでも休ませたのに」とおっしゃっているんですね。心配はしていても、頑張るというから本人の意志を尊重してみよう、と思っている。ところが、実際に死んじゃうと世界が変わるわけじゃないですか。そこで初めて「あそこで止めなきゃいけなかったんだ」とわかるわけです。わかった人だからこそ、他の人に頑張って伝えたいわけですよね。でも、そこには伝わらない壁があるんですよね。

――「過労死」という言葉がイメージしている部分が、実態と離れている部分があるのではないか、とも思います。「睡眠2時間で朝から終電まで」とかだと、流石におかしいとわかっても、睡眠4時間、5時間で死ぬとは思っていなかったりする。でも、実際はそれでも亡くなる方はいるわけですよね。

上西:若い人は元気ですしね。でも、若い人でも徹夜すれば集中力が落ちるのは実感できますよね。精神力と肉体は違うから、身体の声を聞こうね、とは言えるのではないでしょうか。「死ぬよ」というと極端に聞こえるけど、「頑張るためにも健康でいるって大事だよね」と。

「無理がない範囲で頑張れるためにはどうしたらいいか」という発想をすることは、頑張り続けるためにも大事なことだし、将来的に起業したり、経営者になっていくことを考えるのであれば、率先して自己管理をして、社員にも配慮する姿勢を示すことが、良い社員を雇用するためにも大事だということが広まればいいと思うんです。

――著名な方で「自分は睡眠2時間だ」とおっしゃっている人がいて、「ホントか?」と思ったりすることもあるんですけども(笑)著名な方が発言することの弊害もありますよね。

上西:人にもよるんでしょうね。ただ、生き残った人は「それでも出来る」とおっしゃるけども、その背後にはメンタルを病んだ人が沢山いらっしゃるんですよ。そういう人が「こんなに働いていたらメンタル壊しますよ」とはなかなか発言できないですよね。

 高度プロフェッショナル制度の法制化の議論が国会でされていたときに、いろいろな声を集めたんですけども、「自分もそうだった」「自分の家族もそうだった」という声はボロボロ出てくるわけですね。でも、「体を壊した、メンタルを壊した」という人は、なかなか表立って声をあげにくい。

 最近「自分はいじめられた」ということは比較的しゃべれるようになってきましたよね。それによって、いじめた方は忘れていても、いじめられた方は忘れられなかったり、心の傷になったりすることが社会的に理解されるようになってきました。でも、身内の方が自殺されたり、メンタルを病んだことは言いにくいですよね。もしそれを知っていたら、「自分が今、その際にいるかも知れない」「自分は今、人をその際に追い込んでいるかもしれない」ということがわかるかもしれない。

――ブラック企業がそれでも変わるのでしょうか?

上西:私は「ブラック企業とホワイト企業があるわけじゃない」とよく言っているんです。グラデーションなんだよ、と。頑張ることと、過労の間もグラデーションなわけじゃないですか。

 私も、疲れているとメールも返したくなくて、Twitter しかしたくないことがありますけど、それがわかるというのも大事じゃないですか。労働法を知ることも大事なんですけど、自分が今、正常な判断ができているのかどうかをわかるようになることも大事ですよね。

「待ってても、あるべき法の秩序は実現しない」という記事に書いたんですが、一見ホワイトな大企業でもパワハラがあったり、問題がある人もいるし、あなただって、メンタルを病んだり体を壊すことも当たり前にあるんです。

 真っ白な企業を探すんじゃなくて、いろいろ問題があるけれども、一応育児休業はとれる、とかね。そういうふうに多重構造的に、少しずつ変えていける方がいいと思います。

「良い企業に入りたい」と思うだけではなくて、新しい秩序を作っていくために変えていこう、立ち上がっていこう、と思ってほしい。バイト先も、耐えるか辞めるかだけじゃなくて、良くしていくために何が出来るかということの経験を積んでいけば、その会社の良し悪しもわかっていくはずなんですよね。

――より働きやすい企業へと変えていく、社会を変えていく。その延長線上に、企業を興すという選択があってもいいのかな、と思いました。起業家も、そういったことを学ぶ必要があると思います。今日はありがとうございました。

◆「栄光なき起業家たち」#3

<文/遠藤結万 Twitter ID:@yumaendo>

えんどう・ゆうま●早稲田大学卒業後、グーグル株式会社(現グーグル合同会社)に入社。中小企業向けセールスとアジア太平洋地域の分析を担当。退社後、スパーク株式会社を設立し、インハウス化やマーケティング戦略支援、マーケティング教育などを手がける。デジタルマーケティングについてのブログ「エッセンシャル・デジタル・マーケティング」を運営中。著書に『世界基準で学べる エッセンシャル・デジタルマーケティング』(技術評論社)

上西充子(Twitter ID:@mu0283)●法政大学キャリアデザイン学部教授。共著に『就職活動から一人前の組織人まで』(同友館)、『大学生のためのアルバイト・就活トラブルQ&A』(旬報社)など。働き方改革関連法案について活発な発言を行い、「国会パブリックビューイング」代表として、国会審議を可視化する活動を行っている。

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