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「蓮池薫さん」が見透かした「横田めぐみさん」夫の悲しき嘘

1/13(日) 5:56配信

デイリー新潮

 羽田空港に着陸したチャーター機から降りる5人の男女。拉致被害者の帰還に日本中が感動したのは2002年(平成14年)10月15日のことだ。だが、その後は進展がなく、横田めぐみさんの動向も不明なまま。残された家族が齢を重ねていく中、蓮池薫さん(61)が語った。「拉致」のこれから、そして、めぐみさんの元夫がついた悲しき嘘――。

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 現在は新潟産業大の准教授である蓮池さんに16年前を振り返ってもらうと、

「日本に向かう機内ではとても緊張し、機内食も喉を通りませんでした。何より、北に残してきた2人の子どものことが気になっていたからです。帰国の際、子どもを連れて行けず、それはつまり、必ず北朝鮮に戻ってこい、ということ。空港に降り立ってから派手な喜びを見せると、帰ってから影響があるかもしれない。だから、涙をぼろぼろ流すことはできなかったのです」

 日本の熱狂とは裏腹に、複雑な胸中。しかし、帰国後、蓮池さんらは日本に留まることを決断する。

「当初、妻は猛反対しました。その決断ができたのは、政府の協力はもとより、拉致が国際的に注目されれば、北が子どもを返す、という見立てがあったからです」

 その後、子どもたちは帰国したものの、他の拉致被害者は誰も戻ることができないでいる。それでも、18年は解決に向けて、希望の見えた年だった。

「6月に米朝首脳会談が行われ、拉致問題解決への良い流れになっています。ですが、会談以降、北の非核化に向けて、なかなか進まず、もう少し早く進展してほしい、というもどかしさも感じています。最近、アメリカは人道支援の可能性を示唆しつつ、北を非核化交渉に引き出そうとしています。国交正常化ありきの交渉は良くありませんが、日本も交渉に前向きな姿勢を発信し続けることが重要です」

受け入れるに値しない

 残されている拉致被害者の状況を推察するに、

「我々が帰国したという情報も伝わっているでしょうから、なぜ帰れないのか、という厳しい精神状態にいると思います。重く、そして辛い16年だったはずです」

 横田めぐみさんについて、

「北は死亡と発表していますが、この根拠は受け入れるに値しないものばかり」

 と、断ずる。北朝鮮は当初、めぐみさんは1993年3月に死亡したと発表した。しかし、帰国した拉致被害者の証言でその時に生きていたことが確認されると、94年4月に訂正。さらに、めぐみさんの元夫・金英男(キムヨンナム)氏の証言についても蓮池さんはこう指摘する。

「彼は死から3年後に、土葬していた遺体を掘り起し、火葬して遺骨を大事に持っていたと言います。その頃、私は彼と同じ招待所地区で暮らし、深く話す関係でしたが、そんな話はまったく聞いたことがありません。さらに94年の春に病気のため、めぐみさんが移った病院は地域も管轄する組織も我々と違うため、彼が生死を把握していない可能性も高い。つまり、明らかに嘘を言わされているのです。他の被害者も含めて、そうした疑念が払拭されない限り、一刻も早い帰国を要求し続けるべきです」

 見え透いた嘘が指し示すのは、希望を捨ててはならない、ということだ。

「週刊新潮」2019年1月3・10日号 掲載

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最終更新:1/13(日) 5:56
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