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規格外! 断崖を横断し砂漠を走る中東オマーンのウルトラマラソン

2/10(日) 10:32配信

ナショナル ジオグラフィック日本版

オマーン初開催の140キロにおよぶ過酷なアドベンチャーレース

 暗闇の中、ひたすら岩山を登り続けるランナー。ゴツゴツした石灰岩の細いジグザグ道。横を見れば、めまいを誘うような大きな穴が口を開く――。

【動画】規格外!中東オマーンのウルトラマラソン

 ランナーたちが登っているのは中東・オマーンにあるバラル・サイト山だ。山に入って3キロ余り進んだ後、約1.2キロの岩登りが待つ、約140キロの山岳レース「オマーン・バイ・UTMB」の難所だ。このレースはハジャル山地を縦走する新しいウルトラマラソン(42.195キロを超えるマラソン)で、2018年11月に初開催された。世界で一番過酷なマラソンの部類と主催者も自称するだけあり、総計8キロ近くが登攀(とはん)コースという苛烈さだ。

「本当に恐ろしいですね」。そう話したランナーは、岩壁にぴったり体を寄せる。引き返したい衝動に駆られるが、下りは上りよりもっと恐ろしい。ランナーたちのヘッドライトが次々と岩を照らし出す。節だらけの木が絡みつく崖もある。突然、小道が急坂に変わる。切り立った峡谷の隙間を縫うように進むと、岩だらけの急勾配が目の前に現れる。ランナーたちは懸命によじ登るほかない。

 この20年で、ウルトラマラソンは一般の人々にも徐々に認知されつつある。かつてのアップダウンの少ない都市部のウルトラマラソンではなく、最近は、山、砂漠、ジャングルをコースにしたレースが増えていることも耳目を集める理由だ。レースによっては100マイル(約160キロ)を超えるものもある。また「走ることが可能な」トレイルでは飽き足らず、ランナーたちを「テクニカルな地形」に挑戦させるレースも数多く主催されるようになった。コースは、分別ある人なら注意深く歩くか、参加をやめてもおかしくないような地形だ。

「距離がどれだけ長いのか」「どれほど体にこたえる過酷なレースか」を競う「過激なマラソン」が、大きなことをやり遂げたい人、アマチュア冒険家、世界を旅する人たちを魅了している。現在、世界では2万近いウルトラマラソンが開催されており、この数は今世紀初頭に開催された数の100倍以上となっている。

 ところでウルトラマラソンの別称「UTMB」は「ウルトラトレイル・デュ・モンブラン」の略で、このレースの発祥となったアルプスのシャモニーにちなんでいる。しかし、オマーンの乾燥した岩山はフランス、シャモニーのアルプス山脈とは全く違う。オマーンのレースに参加したランナーの多くが、オマーンにこれほど険しい山があること自体に驚いていた。あるランナーは筆者に、「レースのプロモーションビデオを見るまで、オマーンには砂漠しかないと思っていました」と語った。

 元英陸軍少将のアルバート・ホイットリー氏は「オマーンは『砂漠の中のマンハッタン』など目指していません。9世紀から中国と交易するなど正統的な海洋国家です。人々は最高。もてなしの心を持ち、とても寛容です」と絶賛する。ホイットリー氏は30年以上にわたってオマーンで暮らし、「オマーン・セイル」のエグゼクティブディレクターを務めている。オマーン・セイルはオマーンのアウトドア観光開発を担う企業だ。

 今回のレースには、地元オマーンからも9人の選手が出場。オマーン陸軍のハムダン・アル・カトリ中尉と8人の民兵だ。いずれもウルトラマラソン初挑戦だが、レース中も礼儀正しさは忘れない余裕があった。私たちが乾いた川床でレース中のランナーたちを撮影していると、他国のランナーたちは重い足取りで静かに通り過ぎていくが、オマーンの9人の兵士たちは違った。真っ暗闇に浮かぶ筆者のヘッドライトに向かって、「アッサラーム・アライクム」(あなたに平和がありますようにというアラビア語のあいさつ)と、全員が声をかけてくれたのだ。

 アル・カトリ中尉は「オマーン・バイ・UTMB」を19位でゴールし、「人生の新たな偉業が増えた」と感想を述べた。民兵たちもレースを楽しんだだろうか? 「おそらく」とアル・カトリ中尉は答えた。「とても長く、とてもつらいレースだと彼らは感じていました」

 オマーンでは、ランニングは今も目新しいスポーツだ。1983年に駐在員たちが首都マスカットで立ち上げたランニングクラブ「マスカット・ロード・ランナーズ」が、オマーンにおけるアマチュアランニングの基礎を築いたと考えられている。オマーン人は今もマスカット・ロード・ランナーズを運営し、多くの地元の人々が参加している。年1度の「マスカット・マラソン」にも、オマーン人の出場者が年々増え、その中には女性のランナーもいる。

 その一人が41歳の公務員ナディラ・アル・ハーシー氏だ。アル・ハーシー氏にとっては、仕事や家事の重圧から解放されることがランニングの魅力だ。「走り始めたとき、これまでにない感覚が湧いてきました。走り始めると、すべてから解放され、自由を感じることができます」

 アル・ハーシー氏はすでにマスカット・マラソンを完走しているが、今回の「オマーン・バイ・UTMB」は90キロ地点で棄権してしまった。「これほど登りが続くと思いませんでした。準備が足りませんでした」。アル・ハーシー氏は棄権したことを悔やむ。「レースを終えられなかったことを思い出すたび、泣きたい気持ちになります」

 結局、出場選手415人の半数以上が棄権。岩だらけの地形で永遠に続くアップダウンに屈した者もいれば、山岳レースの経験が足らず、山の崖沿いの小道で脱落した者もいる。

 レースを完走した中国人、ガオ・シードン氏は「登り切るたびに叫びました」と振り返る。レースには10人の中国人が出場し、シードン氏ともう1人が完走した。「時々、地獄を走っているような気分になりました」。中国の国旗を掲げゴールするガオ氏の写真がソーシャルメディアに掲載されると、中国のランニングコミュニティーで拡散し話題をさらった。

 肉体的にもきつい状況でもオマーンらしい体験ができるよう、「オマーン・バイ・UTMB」の主催者は古代の小道をたどるルートを選んだ。大会責任者を務める元登山家のアンディー・マクナエ氏は、現在は使われていないが、かつて山村を結んでいた道だと説明する。ただ、チェックポイントによっては車などで行くのは難しく、オマーン陸軍のヘリコプターで物資を供給したところもあったと話す。

 オマーンの過酷な地形はランナー同士の絆を深めた。20時間以上、休みなく走った後、プロのウルトラランナーとして活躍する米国のジェイソン・シュラーブ氏は、ライバルであるスイスのディエゴ・パゾス氏と手を取り合って優勝テープを切ったのだ。

「ディエゴと私は一緒にゴールしようと決めました。そうしなければ、どちらかは、今後ずっと苦しめられることになるからです」とシュラーブ氏は語る。共に何時間も「地獄を走った」同志としての絆だ。これこそがウルトラマラソンの究極の魅力なのだろう。レース中、脳内に分泌されるエンドルフィンの量、完走の証となるメダル、Facebookで話題になることの価値など消えてしまう。

 2019年のレースの受付はもう始まっている。

文=PAVEL TOROPOV/訳=米井香織

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