ここから本文です

黒川名誉教授緊急寄稿。疑惑の被ばく線量論文著者、早野氏による「見解」の嘘と作為を正す

2/11(月) 8:33配信

HARBOR BUSINESS Online

 2019年1月8日に早野龍五氏が、「伊達市民の外部被ばく線量についての見解」(以下「見解」)を文部科学省の記者クラブに張り出し、また自身のツイートで紹介している。

 この「見解」には福島県立医科大学の宮崎真氏と東京大学名誉教授の早野龍五氏が、英国の学術誌であり、英国放射線防護協会 (Society for Radiological Protection) の 会誌でもある「 Journal of Radiological Protection」(以下JRP誌)に発表した2つの論文(以下、早野・宮崎論文)、

【第一論文】

●Individual external dose monitoring of all citizens of Date City by passive dosimeter 5 to 51 months after the Fukushima NPP accident (series): 1. Comparison of individual dose with ambient dose rate monitored by aircraft surveys

【第二論文】

●Individual external dose monitoring of all citizens of Date City by passive dosimeter 5 to 51 months after the Fukushima NPP accident(series): II. Prediction of lifetime additional effective dose and evaluating the effect of decontamination on individual dose

に関連して、不正および捏造の申し立てが東京大学に対して行われたことにつき、事実の経緯と、主としてデータ解析を担当した早野氏が見解を述べさせていただきますと書かれている。「見解」においては、2番めの論文のタイトルが間違って書かれているが、上では正しいものを示しておいた。「見解」は2ページからなり、最初のページには4項目の説明とまとめの文章が書かれており、2ページ目は著者(※この論文の”著者”は早野氏と宮崎氏の2人であり、以降も”著者”と記述したところはこの両名を指す)が見つけたという誤りについて解説する添付資料である。

 この「見解」の最初のページの第1項に書かれているS. Kurokawaとは私のことである。私が第2論文を批判するLetter to the EditorをJRP誌に投稿したことが、この問題のきっかけである。「見解」に書かれた早野氏の説明には言葉の使い方が曖昧かつ恣意的であり、またいくつもの虚偽が含まれている。私は、この「見解」を読んだ多くの人々が早野氏の言葉を信じ、誤った認識を持つことを大いに懸念している。その懸念ゆえこの批判を書くことにした。

◆早野・宮崎論文への批判はこうして受理された

 学術論文誌に発表されている論文の批判は、通常、Letter to the Editor という論文の形式をとる。学術論文の批判を学術論文で行うことは、科学の世界のルールであり、その批判に対して学術論文をもって応答することもルールである。

 私のLetter to the Editor、

‘Comment on ‘Individual external dose monitoring of all citizens of Date City by passive dosimeter 5 to 51 months after the Fukushima NPP accident (series): II. Prediction of lifetime additional effective dose and evaluating the effect of decontamination on individual dose’(参照:arXiv)

の最初の投稿から、現在までの経緯は次のようなものである。

2018年8月17日:投稿が”receive”される。

2018年9月13日:第一回目の修正を投稿

2018年11月5日:第二回目の修正を投稿

2018年11月16日:論文が ”is ready to accept” となる。同時に著者に私の論文がおくられている。

 “is ready to accept” とは、元の論文の著者が批判論文への応答を書き、批判論文と著者の応答を同時に論文誌に掲載するという意味である。11月16日に私の論文が ”is ready to accept” になったことを伝える編集部からのメールには、このプロセスは通常1か月程度かかるという説明が付いていた。

 私の論文は、第2論文の中の単純な誤りや、数値やグラフの間に不整合が見られることを、10個ほど指摘したものである。また論文は二人のレフェリーによる査読を通って “is ready to accept” になったものである。

◆早野「見解」に見られる“詐術”

 それでは、「見解」の内容を点検してみよう。

 まず第1項に、「JRP誌より、『第二論文に対し、S. Kurokawa氏より内容について学術的な問い合わせのLetterが届いたのでコメントするように』との連絡を受けました。」と書かれている。「学術的問い合わせのLetter」というところを、学術誌のルールをご存じない方が読むと、私が問い合わせの手紙をJRP誌に送ったように誤解されかねない。私は「学術的問い合わせ」など行っていないし、手紙など送っていない。私が行ったのはLetter to the Editor という形式の論文を投稿したことであり、それが11月16日に “is ready to accept” になったので、著者の応答を論文誌の編集部が求めたということである。このような単純な事実を表現するだけなのに、早野氏の書き方は言葉の使い方が正しくなく曖昧である。

 次に、「私と主著者とで、私が作成した解析プログラムを見直すなどして検討したところ、70年間の累積線量計算を1/3に評価していたという重大な誤りがあることに、初めて気が付きました。」の部分について考察する。

 私の論文では、第2論文の図6から計算した結果は図7のグラフが示す値になるはずなのに図7の値は半分しかないこと、また、この図6と図7の間の食い違いは、図6は正しいが、図7のグラフが半分に縮められていることに起因することを指摘している。

 早野氏が見つけた誤りは私の指摘した不整合を説明するものではない。それゆえ、「その誤りに気付くきっかけとなった S.Kurokawa氏からの問い合わせにも深く感謝申し上げます」と書かれても戸惑うだけである。

 次に第2項には、「この誤りについて、2018年11月28日に、JRP誌に『重大な誤りを発見したので、Letterへのコメントとともに論文の修正が必要と考える』と申し入れ、2018年12月13日に、JRP誌より『修正版を出すように』との連絡を受けました」と書かれている。この文章には二つの大きな問題がある。まず、「Letterへのコメントともに論文の修正が必要と考える」は虚偽を含んだ文章である。

 12月の半ばJRP編集部から、私にmailが届き著者の対応を知らせてきた。

 そこには、 “We believe it is appropriate to publish a corrigendum rather than point-by-point replies” と書かれていた。ここで We とは著者である早野氏と宮崎氏のことである。著者は私のLetter to the Editorで「指摘された項目ごとに答えるのではなくcorrigendumを出す方が良いと思う」と書いてある。つまり「Letterへのコメント」など書かないと言っているのである。このことからも、「早野見解」が虚偽を書いていることは明らかである。

 なお、Corrigendum とは日本語では正誤表のことである。実は著者は第1論文に関してcorrigendumを出したことがある。(参照:Corrigendum: Individual external dose monitoring of all citizens of Date City by passive dosimeter 5–51 months after the Fukushima NPP Accident series: I. Comparison of individual dose with ambient dose rate monitored by aircraft surveys –2016 J. Radiat. Prot. 37 1)

 これを見ていただければcorrigendumとはどのようなことかわかると思う。この場合は、「2012」と書くところを「2011」と書いたことを訂正している。70年の累積線量計算を1/3に過小評価していたという重大な誤りは、そもそも corrigendum で訂正出来ることではない。

 また、「見解」では、corrigendumに対して「正誤表」や、「訂正」ではなく「修正」という言葉を使っていることに注視してほしい。「訂正」は文章を直すことなので corrigendum に適する言葉だが、「修正」はもっと広い意味を持っている。例えば、「計画を修正する」というような場合だ。早野氏のやり方は言葉の意味の幅を恣意的に用いた印象操作だと言える。

◆JRP誌の要請を巧妙にすり替えて発表

 また、JRP誌は、rewrite(論文の書き直し)ではなく、あくまでも corrigendum を出すことを要請したことは、後述する注に示すことからも明らかである。ところが、「見解」では、「JRP誌より『修正版を出すように』との連絡を受けました」と書いてある。この「修正版」はcorrigendumのはずであるが、第4項までいくとそうでないことがわかる。

 第4項には、「修正版を出すためには、同意が得られている方のデータのみを伊達市から再度私たちにお渡しいただき、それに基づいて再解析する必要があると考えていますが、それが可能であるか、いつ可否判断をいただけるか等については、今後委託元の伊達市と受託先の福島県立医科大学との間で協議がなされるとのことです。協議の結果が出れば、それにしたがって最善の努力をいたします。」と書かれている。

 Corrigendum であったはずが、ここでは、いつのまにか「修正版」は伊達市からデータの再提供を受けて論文を書き直すことに変わっている。JRP誌は corrigendum を出すことしか要請をしていない。それを、論文の書き直しにすり替えるとは詐欺といわれても仕方がないであろう。

 第4項には、「二本の論文の解析に用いたデータは、福島県立医科大学の倫理委員会にて承認を受けた研究計画書に記載された通り削除しております。」と書かれている。

 データの削除(正しくは廃棄)は倫理指針違反であり、研究不正といわれても仕方がないことは、岩波の『科学』2月号に掲載された、私ともう一人の共著者の論考で指摘しており、ここではこれ以上触れないことにする。ただ、ここでいう「データの削除」は、福島県立医大に提出された研究終了報告書に付随する、資料・情報等の保管状況報告書に記述されている全データ廃棄を意味している。

 「見解」では、データの廃棄だけを取り上げているが、実は研究も2018年10月31日に終了している。すでに終了した研究で、全データが廃棄されているのであるから、論文を書き直すことができるはずがない。たとえ伊達市が再度データを医大に提供したとしても、新しい研究として研究計画書を医大の倫理審査委員会に承認してもらわなければない。論文を書いたとしても、それは、修正版ではなく、新しい研究による別の論文である。このような事実を隠し、JRPからの corrigendum の提出要請を、論文の書き直しであるように見せかけることは、科学者が行うことでは絶対にありえない。

 データ提供に同意していない伊達市民のデータを使ったことについて、第3項に書かれているように、著者が、「報道を通じて初めて知ることになった」のではないことは、『科学』2月号の論考で明らかにしている。『科学』の論考では、この倫理指針違反に加えて、さらに6つの倫理指針違反を著者が犯していることを示している。興味のある方は、『科学』の論考をお読みいただければ幸いである。

◆学術的な場での議論から逃げる早野氏

 最後に、「見解」の1ページ目の、「以上述べましたように、論文の重大な誤りについては、JRP誌という学術的な場での議論に向けて進みつつある段階です」について私の考えを述べて、この論考を終わることにする。

 学術的な議論は、論文に対する批判、そして著者の応答というサイクルを進めることにほかならない。その第一歩である、批判論文に poiy-by-point、すなわち指摘された項目ごとに答えることを拒否しているのに、どうして、「学術的な場での議論に向けて進みつつある」と言えるのか、早野氏にははっきりと答えていただきたい。

*注:著者の第1論文と第2論文の両方に、JRP誌からExpression of Concern (以下 EOC)がだされたことを報じたRetraction Watch(研究不正を見張る国際的サイトのこと)に対してJRPを出版しているIOP(Institute of Physics)のspokespersonが次のように発言している。なお、EOCとは「懸念の表明」というものであり、論文誌の編集部が論文の信頼性に問題がある可能性について、読者に注意を喚起する文のことである。

“(…)due to the nature of the investigation(s) the authors would need to await the outcome prior to re-analysing the data to correct the mistake by way of a potential corrigendum.”

 意訳すると「研究不正の調査が進んでいるので、著者がデータを解析しなおしcorrigendumという形で誤りを訂正することは調査の結果がでるまで待たなければならない」となる。なお、本文中に示したように、corrigendumは簡単な正誤表のことであり、論文の書き直し rewriteのことではない。

*補足:【見解中の第一論文についての言及について】

「見解」の第1項に「なお念のため、この誤りは第二論文の累積線量の導出に限ったものであり、第一論文の結論には解析上の誤りは見出されておりません。」と書かれている。これは奇妙な文章である。

 累積線量が議論されたのは第2論文においてであり、第1論文では累積線量など論じられていない。第1論文に第2論文のような解析上の誤りがないのが当たり前である。

 論文誌に論文を投稿する研究者は、自分の論文に誤りがないと考えるから投稿するのである。論文が発表された後は、論文の内容が正しいか正しくないかを決めるのは著者ではなく科学者のコミュニティである。このようないわずもがなの文章が含まれているのは、科学コミュニティの外に対する発信であると考えられる。

 案の定、1月25日に開かれた放射線審議会で、この「見解」が読み上げられ、放射線審議会の事務局は、第1論文について「学術的な意義について全否定されるものでない」と説明している。このことについてはHBOLの牧野氏の論考を読んでほしい。

<文/黒川眞一>

くろかわしんいち●高エネルギー加速器研究機構名誉教授。1945生まれ。68年東京大学物理学科卒、73年東京大学理学系研究科物理学専攻を単位取得退学。理学博士。高エネルギー物理学研究所(現・高エネルギー加速器研究機構)助手、同助教授、同教授を経て、2009年に高エネルギー加速器研究機構を定年退職。11年にヨーロッパ物理学会より Rolf Wideroe賞、2012年に中華人民共和国科学院国際科技合作奨受賞など。専門は加速器物理学

ハーバー・ビジネス・オンライン

最終更新:2/12(火) 17:29
HARBOR BUSINESS Online

あなたにおすすめの記事