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バブル時代の歩き方(上)~ロンドンで迎えた平成~その2

2/13(水) 0:22配信

Japan In-depth

【まとめ】
・日本のバブルの波は地球の裏側の英国まで届いていた。
・1983年は1ポンド360円だったが80年代末期には220円になった。
・バブル期は英国にいる筆者ですらその恩恵を受けた。

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=44098でお読み下さい。】

『バブルへGO!!』という映画をご存じだろうか。

阿部寛演じる経済官僚が、タイムマシンで「あの時代」に乗り込み、バブルを崩壊させた政策にストップをかける、という設定のコメディで、2007年に公開された。

ただ、実際にタイムトラベラーに選ばれたのは広末涼子(以下ヒロスエ)演じるフリーターの女の子で、その理由は「タイムマシンはドラム式」というサブタイトルで暗示されている。ドラム式洗濯機にしか見えない外観で、サイズの制約から、「全長160センチ以下、最大直径80センチ以下の物体しか電送できない」ということで、つまり、ヒロスエのような小柄で細身の女の子でないと無理なのである。今なら、こういう描写自体がセクハラだと言われたかも知れない。余談だが、本物の(?)ヒロスエは161センチあるそうだ。

ともあれ、1990年3月の東京へとタイムスリップしたヒロスエ(役名は田中真弓)は、2007年の感覚では考えられない、バブルの空気を満喫する。当時、六本木のイタリアン・レストランでしか出してなかったというティラミスを一口食べて、「これ、やばーい」と歓声を上げた途端、マネージャーがすっ飛んできて、「なにか問題でも?」と心配顔で尋ねるシーンでは爆笑した。もっとずっと前から、若い女の子がああいう言い方をしていたようなイメージを持っていたのだが、バブルの時代には、まだ広まっていなかったのか。

色々なところで述べてきたが、私は1983年から1993年まで英国ロンドンで暮らしていたので、バブルに沸いた東京の様子を、リアルタイムでは見ていない。ただ、地球の裏側にも、波は打ち寄せてきていた。ひとつの例が、ヒースロー空港のターミナル3である。2015年に、老朽化したターミナル1が閉鎖されるなど、今世紀に入ってから大きく様変わりしているが、1980年代にはターミナル1から3まであった。

就航する航空会社によって出入国に利用するターミナルが異なるのは、どこの空港でも同じだが、当時のヒースローでは、BA(英国航空)と国内線が1、ヨーロッパ、北米、そして当時はソ連だったわけだが、アエロフロートが2,そしてアジア・アフリカの航空会社が3という風に分かれていた。

で、格差がいささかひどかった。ターミナル1には、ちゃんとしたテーブルでお茶やランチ、気が向けばソファに腰を下ろしてビールを一杯、ということができる店がちゃんとあったのに、3はと言えば、プラスチック製の椅子を並べた安っぽいカフェしかなかったのだ。

なので私は、日本から来る友人を出迎えに行った時など、ターミナル3で到着時刻を確認し、地下通路を通ってターミナル1へ行き、そこで時間を潰したりした。飛行機が到着してから乗客がゲートを出るまで、早くても30分近くかかることは、海外旅行の経験者なら誰でもご存じだろう。地下通路を歩きながら、こういうところにも、英国人の人種に対する考え方が表れるんだよなあ、などとよく思ったものだ。

ところが1980年代も終わりに近づいた頃、すなわち日本がバブル景気に突入した頃から、どんどん様変わりしはじめた。大規模なリフォームが行われ、「なんということでしょう。すっかり明るくなったロビーには、お洒落なカフェや、有名デパート〈ハロッズ〉直営の免税店まで開業して……」という具合になったのである。

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最終更新:2/13(水) 0:22
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