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トヨタの社長はなぜニュルにこだわるのか? 恩師・故成瀬弘氏インタビューから探る

2/20(水) 11:32配信 有料

WEB CARTOP

ニュルの持つ「緊張感」がすべてのクルマを変える

(写真:WEB CARTOP)

ドイツにあるニュルブルクリンク・サーキット(以下:ニュル)は古くから世界中の自動車メーカー新車開発の聖地だ。1980年代後半からは日本のスポーツカー開発にも使われるようになった。日本で一般の人に良く知られることになったのは、2009年にトヨタの豊田章男社長が社長に就任して以来、ことあるごとに「ニュル」発言があったからだ。

その豊田章男さんがニュルにこだわるのは、走りの師匠でもあるトヨタのテストドライバー、故・成瀬弘さんの影響だ。ニュルブルクリンクを知りつくし、スープラやLFAなどのスポーツカー開発を手掛けた成瀬さんは、「ニュルマイスター」と呼ばれる。残念ながら、成瀬さんはニュルの近くの公道で、事故に遭遇して命を落とされた。その成瀬さんの生前、貴重なインタビューが残っているので、改めてまとめてみた。

インタビュアーは自動車ジャーナリストの中谷明彦さんだ。中谷さんは1990年代にレーシングドライバーとして活躍。日本のトップドライバーで当時のF1チームとF1ドライバーとして契約。諸般の事情でF1参戦はできなっかたが、だれもが認める速い理論派ドライバーだった。その中谷さんがニュルブルクサーキットを走って、ニュルマイスターの成瀬さんにインタビュー。貴重な当時の記事を再編集した。

中谷 まずはズバリ、なぜトヨタはニュルに行くのか、ニュルでテストするんでしょうか。
成瀬 現行のスープラ、このクルマの開発がきっかけでしょうか。あれだけの動力性能ですから、やはり安全なクルマでなければなりません。そこで一番危険なところへ行こうと決めたワケです。
ニュルは非常に危険なコースで、しかもヨーロッパを代表するようないろいろな道がある。ここを克服すれば、どこへ行っても速く安全なクルマに仕上げることができる、と考えたからです。
中谷 トヨタとしてニュルに行くのは、スープラの開発の時が初めてになるんですか。
成瀬 MR2開発の時が最初です。でも本格的なテストを続けるようになったのはスープラからですね。個人的には僕が初代のセリカでレースをやっているころに、ニュルを走っていますが。
中谷 というと…1973年ごろですか!
成瀬 当時レース仕様のセリカがニュルを走ると1周もたないんですよ。デフが焼きついちゃってまともに走れない。スピードの落差が激しいし、ジャンピングスポットもある。それまで想定しないところに強いストレスが掛かって曲がっちゃう。それから自分でもいろいろ考えたり、鈴鹿でテストしたりしました。
中谷 ちなみにそのころのタイムはどのくらいだったのですか。
成瀬 9分台です(笑)
中谷 考えようによっては速いですよね。
成瀬 あの当時ニュルで10分切ったらとんでもないことですよ。10分切れればヨーロッパのライバル達の仲間入りできると。それで9分台という記録をつくって。でもまあニュルはなんてすごいところだなあ、という印象が強くなりましたね。
中谷 ボクが筑波サーキットでグループAスタリオンに乗って優勝したころって、レース中のタイムが1分7秒台だったんです。レーシングカーでも、1分15秒台だったくらいです。そう考えると当時ニュルでの9分というのはすごいことだと思うんです。

ニュルの持つ「・・・ 本文:3,679文字 写真:3枚

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XaCAR編集部

最終更新:2/20(水) 11:32
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