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日本の司法の質が問われる「コインハイヴ裁判」

2/22(金) 6:10配信

JBpress

 「コインハイヴが違法、などと言ったら、ウエブ広告は成立しなくなってしまう」という意見は、ウエブ広告という現実への、基本的な肯定が前提となっている。

 私はここに、一定の問題を感じます。

 というのは、テレビジョン放送であれば、局は一方的に電波を送信し、受像機側はそれを表示するだけで終わります。

 しかし、インターネットのデジタルコンテンツは、あらかじめ決まったコンテンツを表示するだけでなく、水面下で様々なこと(悪事も働ける)が生じているわけです。

 そういった機微に、「技術の現実に踏み込んだ丁寧な司法が成立しているか?」と問われれば、およそそうではない、という現実があるからにほかなりません。

 ウエブ広告の現状こそ、実は将来的に適切に規制されるべきものではないか、というのが、本件を見ながら、私が個人的に思うポイントの一つです。

 今回のウエブ・デザイナー氏は、明らかに「シロ」と私は思います。

 ただ、そうすると、「すでに罰金を払った人たちはどうなる」といった問題が発生するでしょうし、世の中というのは実質より体面を重んじる、愚かな疾病に容易に罹患しますから、どんな判決が出るのか、率直に心配でもあります。

 しかし、現行法と技術の現実を、偏りなく直視するなら、これがクロなどということはあり得ない。

 この裁判は、日本が情報通信技術において、どの程度、野蛮国にとどまっているかの試金石になっていると思います。

 と同時に、中長期的には、本当に技術の実際に踏み込んだ形で、より細やかな犯罪の未然予防に生きる法制度整備が必要であることも、間違いないと思っています。

 ここで決定的に重要と思うのは「バカの壁」を閉めたまま、「判例を作ってくれるな!」ということにあります。

■ DNA鑑定の教訓

 かつてDNA鑑定というものが、裁判においてまともに信用されなかったり、誤った鑑定結果で判決が左右されるなど、様々な問題があった時期や地域がありました。

 その詳細にはここでは触れませんが、いまだ世の中の大半が、DNAもABCも分からなかった時代、やはりそんなものにチンプンカンプンな裁判官が

 「私たちは国民主権者の代わりに正義を行うのである。国民主権者の大半はDNAなんて理解していないのである。だから、一部の学者だけが言っているようなことは、気にしなくてよいのである」

 式の開き直り、いわば無知と非科学性の自己正当化にふんぞり返る、という現象が起きているのを、刑法の團藤重光先生が「とんでもないことである」と激怒しておられたことを、思い出さざるを得ないのです。

 これを転用するなら、今の法曹三者が

 「私たちは国民主権者の代わりに正義を行うのである。国民主権者の大半はJavaScriptもネットワークコンテンツのプログラミングも理解していないのである。だから、一部の学者だけが言っているようなことは、気にしなくてよいのである」

 式に、サイエンティフィックな、あるいはテクノロジカルなファクトやデファクトを無視し、手前勝手な正義を振りかざすようなことになっては絶対にいけないと、もし團藤重光先生がご存命であれば、必ずおっしゃったに違いありません。

 そう確信するので、現実に裁判官であるかつての履修学生諸君も念頭に、こうしたことを記すのにほかなりません。

 「中身はよく分からないけど、専門家の鑑定がこういうのだから、こっちが正義、かな?」

 みたいなことは、どうかしてくださるな。バカの壁を乗り越え、テクノロジーがもたらしたものが何なのか。その本質はどのようなものか・・・。

 司法はいま、どのような判例を残すことで、「未来に価値を残していけるのか。歴史を形作るつもりで考えてほしい」と、一大学教官として切望します。

 團藤先生は言われました。

 「社会は常に変化しており、それに伴って、法も動き、判例も動く。それを引き受けるのが人間の主体性にほかならない」

 主体性を欠いた「おまかせ判例」を厳密に排し、日本の未来を切り開く、建設的な判例が積み重ねられていくことを、願わずにいられません。

伊東 乾

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最終更新:2/22(金) 6:10
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