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〈全文掲載〉【東日本大震災、医師たちの奮闘】1日でも早く家族の元へ… 数え切れない数の身元不明のご遺体を検死した歯科医が語る3.11【宮城県歯科医師会 大規模災害対策本部身元確認班班長 江澤庸博医師】

3/4(月) 11:00配信 有料

デイリー新潮

 東日本大震災から今年で8年が経過する。未だあの日の記憶を鮮明に覚えている方は多いだろう。M9という観測史上最大の地震に加え、私たちの想像をはるかに超える大津波。死者、行方不明者合わせて1万8千人を超える未曾有の被害をもたらした大震災だが、そこでは多くの人々が「生きる」ために奮闘したことも忘れてはいけないだろう。命の可能性を信じ続けた医師のドキュメンタリーをシリーズでお届けする。

 第6回は、宮城県歯科医師会身元確認班の班長の江澤庸博さん。身元不明のご遺体の歯から正確な情報を読み取り、1日でも早く家族の元へと返そうと務めた。数え切れない数の検死を行った江澤さんは、何を感じたのか――。((以下、『救命東日本大震災、医師たちの奮闘』(海堂尊監修)より抜粋。※肩書・役職・年齢等は2011年の取材時のものです)

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■我々のような仕事にヒーローはいらない
 これまで何体のご遺体を検死したか、その数字を私には明言することが出来ません。次から次へと運ばれてくるご遺体を検死することにずっと集中していて、初めの日、夜の八時ごろになって、県警鑑識課の方々と相談しながら「きょうはこの辺で」ということになって、初めて手が止まりました。もちろん、ご遺体の検死結果はデンタルチャートとして県警に届いていますから、そこに聞けば正確な数字は分かるかも知れませんが。

 私は、宮城県歯科医師会身元確認班の班長です。身元不明の検死には、歯科の所見が欠かせません。これまで大規模災害対策本部身元確認班班長を務めていたことから、この未曾有(みぞう)の大災害に身元確認班の実質上の責任者ということになりました。

 遺体の収容人数が一日で最も多かったのは災害から数日ほど経過した頃です。一日で千体以上ものご遺体が検案所(遺体安置所)に運ばれました。大震災から二ヶ月過ぎた五月十日現在で、宮城県での遺体収容数は約八千八百五十遺体で、そのうち身元が判明したのは約七千六百件です。身元不明遺体は千二百体にものぼりました。

 長年検視を担当してきたベテランの伊東哲男宮城県警鑑識課機動鑑識隊長も「自分が一生で見た遺体より、一日で見た遺体の方が多かった」と呟(つぶや)いていたくらいです。 本文:18,860文字 写真:9枚 ...

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(インタビュー・構成吉井妙子)

最終更新:3/11(月) 11:59
記事提供期間:2019/3/4(月)~10/30(水)
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