ここから本文です

日本人は何を信じてきたのか:青森の“キリストの墓”が意味するもの

3/7(木) 15:04配信

nippon.com

岡本 亮輔

青森には不思議な場所がある。“キリストの墓”だ。筆者は、偶然にも新郷(しんごう)村にこの墓があることを知った。八戸から十和田湖にむけて国道454号を走っていたところ、「キリストの墓」と書かれた道路標識を見つけたのだ。聖地巡礼の研究者としては、立ち寄らざるを得ない。

国道沿いの小高い丘の上にある墓の周囲はしっかりと整備され、「キリストの里公園」と名づけられていた。最も高い場所に十字架が立てられた二つの丸い塚が並んでいる。なぜ、二つあるのだろうか。

公園の説明板によると、イエス・キリストは21歳の時に来日し、神学修行を重ねた。33歳の時にユダヤに戻って伝道を行ったが受け入れられず、十字架刑に処されそうになる。だが、弟のイスキリが身代わりとなって死に、キリスト本人はシベリア経由で日本に戻り、現在は新郷村の一部となっている戸来(へらい)村で106歳まで生きた。二つの墓のうち、一つはキリストを埋葬したもので、もう一つはイスキリの遺髪を納めた墓だという。あまりにも荒唐無稽な話ではないか。

「キリストの里伝承館」という資料館もある。村でかつて使われていた農耕具や衣服と並んで、村に暮らす“キリストの末裔(まつえい)”の写真、村とユダヤのつながりを示す数々の“証拠”、日本語で書かれた“キリストの遺言書”などが展示されている。それらによれば、十字架刑を逃れたキリストは名前を十来太郎大天空(とらいたろうだいてんくう)に変え、村の女性と結婚して3人の娘を育てたというのである。

さて、どう考えてもこの墓はフェイクだ。一般的には、キリストの墓はエルサレムにある聖墳墓教会と信じられている。イスラエルにおいてさえ、考古学的にイエスの墓が特定されることは今後もないだろう。聖書によれば、イエスは十字架刑から3日後に復活して昇天したとされる。学術的にも宗教的にも、イエスの墓はそもそも存在しない。

1/3ページ

最終更新:3/7(木) 15:04
nippon.com

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事