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発見、170年前の捕鯨船員が岩に刻んだ航海の証

3/7(木) 19:01配信

ナショナル ジオグラフィック日本版

19世紀、米国の捕鯨船は遠く離れたオーストラリア北西部でクジラを捕っていた

 オーストラリア北西部の島で、19世紀に米国から来た捕鯨船の乗組員たちが、壮大な航海の記録を岩に刻んでいたことがわかった。考古学者たちが発見し、このほど学術誌「Antiquity」に論文が発表された。

ギャラリー:170年前の捕鯨船員が岩に刻んだ航海の証 写真7点

 岩面彫刻が見つかったのは、西オーストラリア州ピルバラ地域の沿岸部。先住民アボリジニの岩絵に混じり、米国の捕鯨船「コネティカット」号の乗組員による記録(1842年)と「デルタ」号の乗組員による記録(1849年)が発見された。

 42の島から成るダンピア群島と近くにあるバーラップ半島は、オーストラリアで最も重要な岩絵が存在する地域の一つで、5万年にわたって岩に刻まれてきたペトログリフ(岩石線画)は、推定100万点にもおよぶ。

 コネティカット号の乗組員による岩面彫刻を発見したのは、西オーストラリア大学の考古学者とアボリジニの団体「ムルジュガ・アボリジナル・コーポレーション」のレンジャーが、ダンピア群島のローズマリー島で先住民の岩絵を調査していた時のことだった。

 この岩面彫刻は1842年8月18日に刻まれたもので、1841年に米国コネティカット州ニューロンドンを出港し、1年間にわたって航海したと記されている。ジェイコブ・アンダーソンという署名付きで、出港時の記録によれば、18歳のアフリカ系米国人だったようだ。1850年代までは、米国の捕鯨船の船員はおよそ6人に1人がアフリカ系だった。

 さらに、調査チームはウェストルイス島で、デルタ号の航海を詳述した同様の岩面彫刻を発見した。日付は1849年7月12日で「J・リーク」という署名が見つかった。

おびただしい数の岩絵

 調査を率いた考古学者のアリステア・パターソン氏は、コネティカット号の岩面彫刻が施されていた露頭(岩石の露出部分)は「すでに岩絵だらけでした」と振り返る。「大小のあらゆる岩に何らかの彫刻が施されていました。人物、動物、幾何学模様などです」

 おそらくコネティカット号の乗組員は見晴らしのいい場所を求め、尾根を登ってこの場所にたどり着いたのだろう。「捕鯨船の船員は高い場所に行きたがります」とパターソン氏は話す。「高い場所から周囲を見渡し、海を泳ぐクジラの群れを探すのです」

 捕鯨船員たちが陸で行っていたのはクジラを探すことだけではなく、捕ったクジラを船上で煮込んで鯨油を採取する際に必要な燃料や水を補給したり、食料としてカンガルーなどの動物を捕まえたりしていた。

 米国の東海岸から遠く離れたオーストラリアまで航海していたことに驚く人もいるかもしれない。しかし、マサチューセッツ州のニューベッドフォード捕鯨博物館の学芸員で、海洋史を専門とするマイケル・ダイアー氏によると、当時としてはごく普通のことだったという。ダイアー氏は、今回の論文には関わっていない。「当時、米国は捕鯨の最盛期で、34の港から700以上の捕鯨船が出航しました。乗組員は数万人単位です」

「欧米の文明都市に鯨油の街灯が導入され、驚くほど需要が増加しました」とパターソン氏は話す。「捕鯨はとても儲かる商売だったのです」

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