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小野伸二にとって「歴代代表監督の中でトップ」はトルシエだった

3/9(土) 6:42配信

webスポルティーバ

世界2位の快挙から20年……
今だから語る「黄金世代」の実態
第1回:小野伸二(2)

 1999年ワールドユース(現U-20W杯)・ナイジェリア大会、U-20日本代表はグループリーグを首位通過。決勝トーナメント1回戦で、強豪ポルトガルを破ってベスト8進出を決めた。

【写真】小野伸二が語る、快挙達成の「2つのポイント」

 準々決勝の相手は、北中米の難敵メキシコだった。

 メキシコは大会3連覇を狙っていた”南米の雄”アルゼンチンを4-1で破って勝ち上がり、非常に勢いがあった。しかも、メキシコは決戦の地となるイバダンですでに3試合を消化。亜熱帯気候の蒸し暑さにも慣れていて、メキシコの”ホーム”のような状態になっていた。

 一方、日本はポルトガルとPK戦にまで及ぶ死闘を演じて疲労困憊のなか、バスと飛行機で数時間かけて移動してきた。

 下馬評では、メキシコが断然優位だった。

 それでも、キャプテンの小野伸二をはじめ、日本の選手たちは過去2大会で越えられなかった”ベスト8の壁”を破り、「新しい歴史を作るんだ」という強い気持ちと高いモチベーションを維持していた。

 さらにメキシコ戦を前にして、小野は「本音を言えば、アルゼンチンとやりたかった。世界の強豪相手にどれだけやれるのか、自分たちの力を試したかった」と話していた。それは他の選手たちも同様で、日本のチームにはそれだけの精神的な余裕と、それまでに培われた自信が満ちあふれていた。

 そして、日本はメキシコに快勝した。開始4分、本山雅志のゴールで先制すると、24分には小野がヘディングでゴールを決めて、2-0とメキシコを振り切った。

 小野が大会初ゴールを決めたときは、播戸竜二ら控えのメンバー全員がベンチから飛び出して、お祭り騒ぎのようになった。レギュラー組とサブ組がひとつになっていることを象徴するシーンだった。

「試合に出ていない彼らの存在は、チームにとって本当に大きかったですね」

 当時を振り返って、小野はしみじみとそう語った。

 ワールドユースのメンバーは総勢18名。そのうち7名がサブメンバーとなる。しかし、サブメンバーとはいえ、一人ひとりは”お山の大将”のような面々であり、若いときから自らが所属するチームではバリバリのレギュラーでプレーしてきたエリートだ。ベンチに座らせられることは、若さもあって、自分のなかで折り合いをつけるのは、決して簡単なことではない。

 そのことを理解していた小野は、ポジティブなムード作りのために「練習以外の時間を大事にした」という。

「(大会に臨むにあたって)練習時間以外に、いかにチームをひとつにまとめるか――実は、それがすごく大事だと思っていました。そのために、リラックスルームに集まって、(日本から持ってきた)DVDのドラマとかをみんなで見ていました。”みんなで”という意識が大事で、一緒にいるとその意識が強くなる。それは、大会を通してできていたと思います」

 播戸をはじめ、氏家英行、加地亮、稲本潤一らサブメンバーは、頭を丸刈りにするなどして、日頃からチームを盛り上げるために尽力した。試合になれば、両手に冷たいペットボトルやタオルを抱えて、プレーが中断した際には、ピッチ上で戦う選手たちに手渡しして、抜かりないサポートを心がけた。

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