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【聞きたい。】東日本大震災から8年――ペット禁止の避難所で過ごしたゴールデン・レトリバーと被災者の絆『スヌーパー君がいた40日』著者インタビュー

3/9(土) 6:30配信

Book Bang

2011年に発生した東日本大震災から間もなく丸8年が経とうとしているが、どこか記憶の彼方に追いやってしまっていないだろうか。忘れてはならないことのひとつに、ペットの問題がある。当時、生き延びた命は人間だけではなく、ペットも避難所生活を強いられたが、避難先から立ち去らざるを得なくなるケースも多かった。にもかかわらず、ある一頭のゴールデン・レトリーバーは、石巻にある避難先の小学校の教室で、人びとを癒し、勇気づける存在となっていた。その犬の名は「スヌーパー」。震災直後、避難所生活を余儀なくされた人びととともに生き抜いた犬の、なにが人びとと一緒にいることを可能にしたのか。この本の著者であるライターの丹由美子さんにお話を伺った。

究極の場で命を支え合った飼い主とスヌーパーの物語

――311の震災当日、丹さんはどちらにいたのですか? 

 私は埼玉県にある自宅にいて、仕事をしていました。突然、プリンターとパソコンが揺れ始め、そうとう長かったのを覚えています。こんな大きな揺れは経験したことがないと、すぐに窓と玄関を開けて避難路を確保しました。家具などはなんとか倒れずに済んだのですが、直後から停電し、携帯で電話をかけても誰ともつながらない状態でした。暗くなってから、近くに住んでいた友人が心配して車で迎えにきてくれ、その友人宅ではじめて津波の映像を見て、大変なことが起きたことに気付かされました。

――そこからスヌーパーと出会った経緯を教えてください。

 ある震災チャリティーのイベントで、石巻市の動物病院を経営している阿部俊則・容子両先生がパネラーをされていました。当時、家族を立て続けに亡くし、生きる希望を失いかけていたとき、私にそっと寄り添ってくれたのは一緒に暮らしていたシーズー犬でした。私自身が動物に心を救われた経験があったことから「動物がもつ癒しの力を勉強したいと思っています」と、私からお声がけすると両先生はとても喜んでくださり、「ぜひ一度、石巻に来てください」と誘ってくださいました。そこで早速、石巻へ向かいました。
 容子先生から震災当日とその後の話を伺い、石巻動物救助センターに行き、どのようにペットが保護されているのか、センターがどんな活動をしているかを視察しました。石巻や女川などの沿岸部の状況も見せてもらったのです。

――石巻はまだまだ大変な状況だったのでは? 

 2011年の9月でしたが、津波に襲われ骨組みだけが残ったビル、半壊した家は、まだそのままの状態。道路は確保されていたけれど、あちこちに脇によけただけのがれきの山が残っていました。潮水の匂い、オイルの匂いもして、「まだこんな状態なのか」と驚きました。避難所や仮設住宅で、ドッグフードを配る容子先生に同行させていただき、飼い主さんに話を聞いていきました。
 そうやって何度か通ううちに、容子先生が「実はね、誰にも言わないで大切にしていた話があるの。聞いてくれる?」と話してくれたのが、40日間も人と一緒に避難所生活を送ったスヌーパーのことでした。そして飼い主の康子さんのご自宅に伺い、会える日を作ってくれたのです。

――スヌーパーはどんな様子でしたか? 

 当時はもう避難所の小学校は出た後で、康子さんと仮設住宅に暮らしていました。康子さんのお宅に到着すると、スヌーパーは玄関まで迎えに来てくれました。ただ、体力はなくなっていたのでしょう。取材中は、リビング横にある和室で横になっていることがほとんどでした。

――康子さんはよく取材を受けてくれましたね。

 康子さんには、感謝しかありません。康子さんと阿部容子先生の信頼関係があってこそだと思います。当然、康子さんは、私がライターであることは知っていました。紹介してくれた容子先生にしても、「スヌーパーの話はどこかで残しておきたい、伝えてほしい」という想いがあって、康子さんと私との出会いが実現したのだと思います。

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最終更新:3/11(月) 12:00
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