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転職サイト登録→まさかのドラフト7位。26歳で始まる奇跡のプロ人生

3/10(日) 16:15配信

webスポルティーバ

 奥村政稔(まさと)はこれまでの野球人生において、プレー続行の危機が幾度となくあった。

■清宮幸太郎の助言で自信。ソフトバンク高卒ルーキーに漂う大物感

 まず中津商(大分)で過ごした高校時代。中津工との合併により、中津商最後の在校生となった。最速147キロを誇る県内屈指の好投手でありながら部員が集まらず、最後の夏を戦った時はわずか10人。0-10と初戦コールド負けで高校野球を終えた。

 そして大学時代。九州国際大では入学と同時にベンチ入りを果たした。1年春のリーグ戦前に組まれたソフトバンク三軍との試合に先発し、5回を完全に抑えるパーフェクトデビュー。2年秋には九州六大学リーグ優勝に貢献。しかし、そのシーズンを最後に突如、大学を中退してしまう。

 その後、社会人野球の三菱重工長崎が路頭に迷っていた奥村を救った。そしてJR九州、西部ガス、Honda熊本といった全国的な強豪チームが集まる九州地区の社会人野球で、奥村の才能に磨きがかかった。

 球速はたびたび150キロを超え、2015年からは2年連続で都市対抗(補強選手を含む)に出場し、日本選手権にも出場を果たすなど、全国の舞台を経験。

 とくに2016年の充実ぶりは目を見張るものがあり、日本選手権予選の決勝では1安打完封の快投を演じ、九州ナンバーワン投手の称号を得た。

 球速も最速154キロまで伸び、ドラフト指名も現実味を増し、奥村自身も「ドラフト当日が妻の誕生日なので、これでプロ入りできたら100点満点の1年になる」と語るなど、自信に満ちていた。

 ところが、この年のドラフトで奥村の名前が呼ばれることはなかった。しかも、シーズンオフにチームは休部と、三菱日立パワーシステムズ(横浜市)との統合を発表した。

 奥村は妻と話し合った結果、単身で横浜に行くことを決意。移籍1年目に都市対抗4強入りに貢献したが、2017年秋のドラフトではまたしても指名漏れ。

「地元に残してきた家族に迷惑をかけてまで野球は続けられない」

 そう決断した奥村は、移籍2年目の2018年に「今年いっぱいで辞めさせてください」と後藤隆之監督に直訴する。強く慰留されたが、奥村の決意の固さに了承せざるを得ず、2018年シーズンを最後に社会人野球から身を引くことが決まった。つまり、ドラフト指名がなければ、野球そのものから引退しなければいけなくなったのだ。

「地元で看護師を続けながら僕のわがままに付き合ってくれた妻のもとへ帰ろうと思いました。子育ても任せっきりで、本当に申し訳ない気持ちのなかで野球をしていたので……。転職サイトにも登録して、真剣に仕事を探していましたよ。1日に100件ほど情報がメールで送られてくるのですが、その対応にもあたふたして……」

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最終更新:3/10(日) 16:15
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