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サマータイムにうんざり、米国で廃止の動き

3/12(火) 17:13配信

ナショナル ジオグラフィック日本版

夏・冬時間どちらに合わせるか各州異なる構想、法律の壁回避策も

 春が近づくたび、スコット・イェイツ氏は憂鬱になる。日が長くなり、気候が暖かくなるのは、イェイツ氏を含む多数の米国民にとって、毎年恒例の難関を乗り越えるべき日が近づいているしるしだからだ。そう、サマータイムの始まりの日に、時計の針を1時間進めなければならないのである。

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 時刻を春には進め秋には戻すのは、少々面倒というのみならず、深刻な悪影響をもたらす可能性がある。というのも切り替えの時期は、心臓発作のリスク増大、交通死亡事故の増加、裁判で普段より厳しい刑が言い渡される傾向などが見られるからだ。しかし、多くの企業が利益の観点からサマータイムを支持しているため、このやっかいな制度は米国全土のほとんどの地域で続いている。

「このせいでみんな頭がおかしくなりそうなんです」と話すイェイツ氏は、サマータイム廃止活動家であり非営利企業ケーブルラブスの客員起業家だ。彼は妻のキャシー・イェイツ氏から、文句を言うより行動をとけしかけられ、2014年からサマータイム制度を変えるために活動している。

 長らく、サマータイムを変えようとするのは無駄な努力であるように思われた。しかし、今年になって事態は動いている。多くの州が、定期的に時刻を修正することによる問題を認識し、このクレイジーな制度を廃止しようと共同戦線を張っているのだ。

「やっと着実な流れができてきました」とイェイツ氏は最近の動きについて話す。年を経るごとに関心は高まっており、関連法案は少しずつ成立しつつある。「確実に前進しています」

サマータイムの歴史

 米国のサマータイムは第一次世界大戦のさなかの1918年、先行して1916年に導入していたドイツに続き、エネルギー節約の試みとして始まった。時計を1時間進めることで、日が出ている時間を最大限に活用するというアイデアだった。

 第二次世界大戦中は年中ずっとサマータイムとなり、「戦争タイム」との俗名がついた。戦後になると、各州はサマータイムを採用するかどうかやその実施期間を自由に決めていた。そのため米国中にばらばらのタイムゾーンが存在することになり、テレビ局や交通関連機関をはじめとする全国規模の業界は、あちこちで次々に切り替わってゆく時刻に付いていくのに必死だった。

 そこで登場したのが1966年の「統一時間法」という連邦法だ。読んで字のごとく、サマータイムの始まりと終わりを含め、時間を定めるルールを全米で統一するためのものである。その後の修正によって、始まりと終わりの日は数回変更されたが、今もサマータイム制度はこの法律に則っている。

 現在の決まりでは、米国の夏時間の開始日は3月の第2日曜日だ。各地で午前2時になったとき、時計を1時間進めることになっている。終了日は11月の第1日曜日で、各地で午前2時になったとき、今度は時計を1時間遅らせる。11月と3月の間の4カ月ほどは「標準時」と呼ばれる時間に従うことになる。

 しかし、サマータイムが導入された当時でさえ、実際にどれだけエネルギーの節約になるのかはよくわかっていなかった。それに世界大戦があった頃とは異なり、現代では特に電力が中心となったため、サマータイムのメリットは薄いということを示す研究が増えている。また、健康被害の懸念もある。例えば、てんかん患者でネブラスカ州グランドアイランド在住のアイザック・フォーセット少年は、夏時間移行後の睡眠不足が発作の増加につながっているらしいことに気が付いた。

「米国で統一的なサマータイム制度が採用された50年前にはわからなかったことが、今では多くわかっています」とオレゴン州選出の下院議員ジュリー・フェイヒー氏は話す。同氏は、オレゴン州が通年夏時間のままでいることを提案する下院法案を支持している。かつてないほど多くの州がサマータイム制度の廃止に向けて動いている「今は、まさに議論すべきときです」と同氏は言う。

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