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日本捕鯨のIWC脱退:その本当の意味

3/13(水) 14:57配信

nippon.com

中ノ上 庫吉

2018年12月のクリスマス翌日、国際捕鯨委員会(IWC)を脱退した日本に、国際社会は驚きを示した。

これまで日本は、国連はじめ多国間協議機関を重視する点、自他ともに任じる国だった。自国優先主義に追い風、多国間主義に逆風となる――日本の「逆行」は批判を呼んだ。

哺乳類のなかでも知能優秀とされる鯨。商行為として巨大な動物が仕留められる場面を想像し、眉をひそめる向きも少なくない。しかし、日本がとった選択に、語られざる真の実態があったのだとしたら…。捕鯨問題を長年追いかけてきた筆者には、IWC脱退は日本捕鯨の「終わりの始まり」に見える。

内実は大規模捕鯨の「終わりの始まり」

日本はIWCを脱退した。商業捕鯨を再開するという。「脱退」の二文字に、かつての戦間期、国際連盟に対して日本が示した行為を連想した日本人は少なくなかった。人も知る通り、日本を孤立と敗北へ導いた「終わりの始まり」は、当時の外相、松岡洋右が連盟会場をスタスタ歩き出たあの行動だった。

今度もそうだろうか。日本は英国、オーストラリア、ニュージーランド、カナダや米国、主要欧州諸国といった、さもなければ同盟の契りを結ぶべき国からあえて指弾されてでも、孤絶の道を行こうというのか。

IWC脱退は、やはり何ごとか、「終わりの始まり」である。けれども終わるのは、必ずしも日本の国際的声名ではない。皮肉にも大規模な捕鯨そのものである、と本稿は主張しようとしている。IWCからの脱退は実のところ、日本捕鯨が奏でた「白鳥の歌」だった。

国営事業だった調査捕鯨

ミンククジラは、IWCによって商行為として捕獲することが許されていなかった。調査のための捕鯨なら話は別で、不法にならない。日本は、IWCが商業捕鯨に課したその名もモラトリアムがいつか解けるのを期し、調査のための捕鯨としてミンククジラを遠く南極海に求めて、例年初冬ともなると船団を組みオーストラリア、ニュージーランドの近くに出掛けていった。

商行為でないのだから、「定義によって」、民間事業者は手掛けることができない。また調査行為である以上、本業は調査そのものであって、捕れた鯨は「副産物」と称された。売って得る収入も「副産物収益」とされた。

単なる言葉の言い換えではなかった。なんとなればその「副産物収益」は、次年度に実施する調査行為の経費を賄うため以上であってはならないと、IWCの枠組みによって厳格に規定されていたからだ。鯨を売りさばくことで、仮にも利益など上げてはならなかった。トートロジーとなるのを構わず言うならば、あくまでも商行為ではなかったからである。

以上の経緯によって、日本の捕鯨とは、一般財団法人日本鯨類研究所(以下鯨研)を唯一の事業主体とする、事実上の国営事業とならざるを得なかった。

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最終更新:3/13(水) 14:57
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