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子煩悩で真面目な市役所職員が、過労死で自らの命を絶った理由

3/14(木) 9:00配信

現代ビジネス

 │ぼくの夢│

 大きくなったら
ぼくは博士になりたい
そしてドラえもんに出てくるような
タイムマシーンをつくる

 ぼくは
タイムマシーンにのって
お父さんの死んでしまう
まえの日に行く
そして
「仕事に行ったらあかん」て
いうんや

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これは、2000年3月に46歳で自らの命を絶った、和歌山県内の自治体職員の息子マー君が語った詩だという。朝日新聞の記者である牧内昇平氏は、過労死について数年にわたって取材をし、新聞に発表していた。それらの記事をもとに取材を続け、そのルポルタージュを『過労死 その仕事、命より大切ですか』という一冊にまとめた。その中には、決して「自己責任」とは言えない過労死の現実があった。今回は本書より、マー君の父親の実例を抜粋掲載にてご紹介する。
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働きすぎでうつ病に

 「ぼくの夢」を書いたマー君の父、塚田浩さん(仮名)は、和歌山県内の自治体職員だった。かかえきれない仕事の山に押しつぶされ、2000年3月に自ら命を絶った。当時46歳。働きすぎが原因でうつ病になり、最悪の結果に至る「過労自死」の典型例と言えるだろう。マー君が心からしたっていた「お父さん」は、どんな人だったのだろうか。

子煩悩なパパだった

 米屋の長男だった浩さんは地元の橋本高校の出身。兵庫県の関西学院大学に進み、4年間、自宅から電車を乗り継いで西宮のキャンパスに通った。1977年に卒業すると地元に残り、橋本市役所に入った。水道の管理や税金、年金の事務などに携わったが律義な性格が買われ、どの部署でも周りからの信頼は厚かったようだ。

 1987年に美智子さん(仮名)と結婚。その翌年に長女が生まれた。2年後、待望の男の子を授かるが、赤ちゃんは出産後数時間で亡くなってしまった。一家が悲しみに暮れた3年後、美智子さんがマー君を授かった。浩さんが飛び上がるほど喜んだのは言うまでもない。

 家事はほとんど美智子さんに任せきりだったが、休みの日にホットプレートで焼きそばを作るのは、決まって浩さんの役だった。家族全員のぶんを一気に作る、豪快な「男の料理」。子どもたちが「パパ焼きそばだ!」と喜んでいた。夏の週末は自宅の庭にゴム製のプールを出して水遊びをした。そんなときに登場するのが「パパフランク」だった。家族みんなで市民プールに行った時、プールサイドで食べたフランクフルトが大人気だったため、浩さんが露店のおっちゃんの役を買って出たのだった。

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最終更新:3/14(木) 15:50
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