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パ・リーグは熱かった 今井雄太郎&新井宏昌対談 猛者たちの激闘

3/17(日) 9:12配信

FRIDAY

’78年にプロ野球史上14人目の完全試合を達成した元阪急の“酒豪“今井雄太郎。’87年に当時のシーズン最多安打記録184本を達成した元近鉄の“理論派“新井宏昌――。2人のレジェンドがパ・リーグの最もアツかった時代の舞台裏を語り尽くす!

登板直前にコーチが「酒をグッと飲め!」

新井 今井さんは指名打者制のパ・リーグで唯一、完全試合を達成した大投手(’78年8月の対ロッテ戦)。最多勝のタイトルを2回も獲得した猛者ですが、酒にまつわるエピソードには事欠きませんね。

今井 入団して7年間は、泣かず飛ばずの二線級の投手やったけどな。7年間の通算成績は6勝8敗。投手コーチの梶本(隆夫)さんも「ブルペンではエエ球放るのに、なんで試合になるとダメなんかなぁ」と、それはそれは心配してくれて、いろいろなことをしてくれたんよ。お守り持ってきてくれたり、新しいトレーニング方法を考えてくれたり……。

新井 上田利治監督(当時)も、相当気を揉んでいたんやないですか。

今井 ワシに酒を飲ませろと言ったんは、その上田さんなんや。ある日のコーチ会議で、こう言ったそうサ。「雄ちゃんは飲むと陽気になってノビノビしている。試合前に一杯飲ませてみたらどうや」と。

新井 あの時代らしいムチャクチャな発想。しかも、それが実行された……。

今井 忘れもしない’78年5月のこと。大阪球場での南海戦やった。先発のワシがベンチからマウンドに行く直前に、梶本さんに呼び止められたんサ。梶本さんは、ビールのなみなみ入った500mlの紙コップを手にこう話すんよ。「雄ちゃん、グッと飲め!」と。

新井 かなりの量やないですか!

今井 ワシは「登板前に飲めるワケがないでしょう」と断ったんよ。でも梶本さんは、「どうせこれが最後だからエエやないか」と言うんサ。

新井 最後、というのは?

今井 先発はこれが最後のチャンスやと。ワシも「だったらエエかな」という気持ちになって、一気に飲んだサ。

新井 うわぁ~。

今井 投げたら心臓バクバクしてサ。飲んでスグ、マウンドに行ったワケやから、息が上がるわ苦しいわ。ところが……いつもならマウンドで打たれたことを思い出したり、「同じことを繰り返したら二軍落ちだ」とマイナス思考に陥るサ。ばってん、酒が入るとアレコレ考える余裕がない。余裕がないから「キャッチャー、はよサイン出さんかい!」と何も考えんで、指示通りに投げた。それで7回無失点。久しぶりの勝利投手になったんよ。

新井 それからですよね。今井さんが勝ち星を重ねるようになったんは。勝てば自信が出てくるんだから、登板前ビールの威力はスゴい。

今井 登板前ビールは、その後も何回かあったな。フフフ。対ヤクルトだか広島だか、日本シリーズの登板前にも飲まされたことがある。

新井 ホンマですか? もしかして飲んだ試合はすべて結果が良かったとか。

今井 そうやね。だいたい気持ちが大きくなって勝てるんよ。ハハハ!

新井 思い出した。新聞記事に「今日は雄ちゃんを酔っ払わせてマウンドに送ったのが良かった」と、上田監督の談話が載ったことがありましたよね。

今井 あれには参ったサ。話がどんどん膨らんでいくんだから。「今井は登板するときは必ずビール2杯以上飲んでいる」「調子が悪いときには一升瓶を空けて自分を奮い立たせることもあるそうだ」とね。アンタも『あぶさん』(水島新司作のプロ野球漫画)のように、打席に入る前に酒を飲んだことはないの?

新井 あるワケないでしょう! 近鉄時代は仰木彬監督(当時)をはじめ、チームメイトは毎日のように明け方までよう飲んでましたけどね。二日酔いで起きられず、デーゲームの試合開始直前に球場に駆け込んでくる選手もザラにいましたよ。ただボクが南海から近鉄に移籍したときは30代半ば。20代の選手が多く、ボクのことは「よそから来たオッチャン」という目で見られていたのでつるむことはなかったんです。

今井 あのアツい時代にしては、相当クールやったな~。

新井 あの時代でも、試合開始直前に酒を飲んでいた選手は今井さんぐらいですよ! まさか完全試合を達成した時も、ビールを飲んでいたんですか。

今井 飲んでない(笑)。ただ試合後は、毎日朝まで飲んだサ。次の登板は大阪球場での南海戦やったけど、試合が始まる直前までノックを延々と受けさせられた。コーチから『オマエ、完全試合でたらふく祝杯を飲んだやろ。とことん汗をかいて全部出せ!』と言われてね。キャンプ中のシゴキよりヒドかったサ。

新井 当時の野球選手は飲んだ分、よく練習もしていました。

今井 完全試合には後日談があるんよ。阪急百貨店の専務が訪ねてきて、「記念品を作らせてください」と言うんサ。思い出に残る品を考えようとね。それで、完全試合を達成した瞬間の写真を焼き込んだ皿時計を発注することにした。言われるがままに贈った先は監督、コーチ、チームメイト、高校時代の友人、知り合いの新聞や雑誌記者……。100人、200人とドンドン増えていったサ。しばらくして請求書が来てビックリ仰天。180万円もかかっていたんよ。サラリーマンの平均年収が260万円の時代。ワシの年俸も300万円に届いていなかった。女房には怒られたね。「アンタ、自分の年俸がいくらかわかってんの!」と。

新井 あの年(’78年)13勝して、年俸が790万円に上がってよかったですね。当時、誰と一緒によく飲んでいたんですか。

今井 同じ阪急の先発陣やった、山田久志さんや佐藤義則やね。あれは入団2~3年目のキャンプやったかな。宿舎の地下のバーで一緒に飲んでいた山田さんが「マッサージしたいなぁ。雄ちゃんの部屋は空いてるか?」と聞くんよ。ワシはちょっと足元がフラついていたけど、先輩のために慌てて部屋に戻ったサ。

新井 部屋をキレイにするために?

今井 そう。ばってん様子がおかしい。若手2~3人と相部屋だったはずが、布団が一つしか敷かれておらず、しかも誰か寝てるんよ。「ナニサッサと眠っとんねん」とガバッと掛け布団を引っぱがすと、「誰や!」と怒鳴られた。思わず正直に「今井雄太郎で~す!」と答えてしもて……。それから部屋を逃げだしたサ。

新井 誰だったんですか?

今井 当時の監督、西本幸雄さんサ。酔って部屋を間違えたんやね。翌日キッチリ、シメられたサ。「雄太郎! 泥酔するほど飲んだんだから、グラウンドで徹底的に汗をかいてアルコールを出せ」とね。時効やろうから言うけど、あの時代は飲みに行って飲酒運転で帰るというのも当たり前やった。アンタはマジメやから、飲みに行かへんかったやろ。

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最終更新:3/17(日) 9:12
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