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睡眠と認知症と「夕暮れ症候群」

3/17(日) 18:14配信

ナショナル ジオグラフィック日本版

認知症患者が夕方に家に帰りたくなる理由と対策

   烏 なぜ啼くの
   烏は山に
   可愛七つの
   子があるからよ

 おなじみ、野口雨情が作詞した童謡「七つの子」の冒頭部分である。巣に残したひなを心配する親カラスの気持ちを歌ったものらしい。子供のいるご家庭ならば、カラスならずとも、可愛い我が子の顔を見たさについつい家路を急ぎたくもなるだろう。

イラスト:ここが「睡眠禁止ゾーン」

 だが、夕方にちょっとノスタルジックなこのメロディーを聞くと、帰宅するウキウキした感じではなく、漠然としたさびしさや不安を感じるのは私だけだろうか。

 夕方になると気持ちがざわめくのは認知症高齢者も同じのようである。認知症のケア病棟や施設の中では、夕食時ともなると「そろそろ家に帰る」と言い張るご老人と、それを押しとどめて何とか食べてもらおうと奮闘する施設職員のやり取りが、日本全国、世界各国で毎晩のように繰り広げられている。

 日中は穏やかに過ごしていた人でも、夕方近くになると少しずつ落ち着きがなくなり、徘徊や独り言が始まったり、時には興奮して叫び声を上げたりする様子がしばしば見られる。このように夕方から夜間にかけて認知症患者が不穏になる現象を「夕暮れ症候群 Sundowning syndrome」と呼ぶ。「日没症候群」や「たそがれ現象」などの別名もある。

 認知症の治療やケアに関わったことのある人であれば、夕暮れ症候群の存在は経験的によく知っており、過去の幾つかの調査では認知症高齢者の少なくとも10%以上で認められると推定されている。

眠気に連動して症状が変化する

 夕暮れ症候群の発症メカニズムはよく分かっていないが、夕刻から就寝時間帯にかけて脳の覚醒度が低下することが一因ではないかと疑われている。「睡眠禁止ゾーンって何?」で詳しく解説したが、健康な人の場合、夕方から就寝1、2時間前にかけての時間帯ではむしろ覚醒度が高まり、眠気が一時的に消失する。そのためこの時間帯は睡眠禁止ゾーン(覚醒維持ゾーン)とも呼ばれる。睡眠不足で日中に強い眠気を感じていても、夜になるにつれて元気になり、アフターファイブをエンジョイできるのは、この覚醒効果のおかげである。

 ところが認知症高齢者では、加齢現象で睡眠禁止ゾーンが若い頃より前倒しになるのに加えて、覚醒度を高める脳神経核の機能が低下するため、夕刻以降の早い時間帯、例えば18時頃から眠気が強くなってしまうことがある。健康な人であれば眠気を眠気として認識でき、カフェインや雑談などで眠気を一時的に晴らしたり、いっそのことしっかり仮眠を取ったりするのだが、脳の予備力が乏しい認知症高齢者ではもう少し複雑な反応を呈するようになる。

 例えば、軽い眠気が生じただけで注意力や集中力が大幅に低下するため周囲の状況を理解できなくなり、自分の部屋やトイレの場所が分からずに困惑したり徘徊したりする。昼間には面倒を見てくれる施設職員をおぼろげながら認識していた人でも、夜になると顔を識別できなくなり介護に抵抗するようになる。さらに周囲が暗くなることで不安が強まり、「家に帰る」などと落ち着きがなくなるのである。

 また、夜間にトイレなどで目が覚めたときも、若い人のようにしっかりと睡眠から覚醒に移行できず、中途半端な覚醒状態(もうろう状態)のまま徘徊してしまうことも少なくない。このような状態は「せん妄」と呼ばれる。つまり認知症高齢者は「しっかり目覚める」と「ぐっすり眠る」の境界領域をさまよってしまうことが多いのである。眠気に連動して認知症の症状が夜間に悪化したり、日中に回復したりするため、家族から見ると、1日の中でも「ボケ具合」に大きな変動が生じるように感じられる。夕暮れ症候群もこのような眠気の日内変動に関連して出現する現象の一つであると考えられている。

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