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『黄金世代』でひとり取り残されたGKの苦悩「なぜ自分だけ…」

3/19(火) 6:04配信

webスポルティーバ

世界2位の快挙から20年……
今だから語る「黄金世代」の実態
第2回:南雄太(3)

 1999年ワールドユース(現U-20W杯)・ナイジェリア大会で準優勝を飾ったあと、南雄太は2000年シドニー五輪の出場を目指す代表チームのメンバーとしてアジア予選に臨んだ。だが、本番の代表メンバーには選ばれなかった。

【写真】小野伸二が語る「黄金世代」

 オーバーエイジ枠の楢崎正剛らとの、正GK争いの”サバイバル”から自ら降りてしまったのだ。その結果、2002年日韓共催ワールドカップに挑む日本代表においても、招集された時期もあったが、同代表での活動はほとんどなく、最終的にワールドカップメンバーにも選出されなかった。

 一方で、ワールドユースの快挙以降、小野伸二や高原直泰、稲本潤一ら「黄金世代」の中心メンバーたちは、その才能が評価されて海外に飛び出していった。同時に五輪代表、さらには日本代表でも活躍するようになった。

 同じチームで戦ってきた仲間の、そうした眩いばかりの姿を見て、南は焦りを募らせていた。

「同世代の選手が海外に出て行き、代表でも中心選手となっていく。なんか、自分ひとりだけ取り残されていく焦りを感じました。早くいいプレーをして『代表に戻らなきゃいけない』と思うんですが、(気持ちばかりがはやって)逆にいいプレーが全然できなくて……。みんなと同じ舞台に戻れないもどかしさを感じつつ、2005年にはチーム(当時所属の柏レイソル)もJ2に落ちてしまった。

 当時のJ2は今と違って、スタジアムにはあまり観客が入っていなくて、J1とのギャップがすごかった。変なプライドもあって、『なんで自分はここにいるんだろう』と忸怩たる思いでいました。2006年にはドイツW杯もありましたが、(チームが)J2にいたので、まったく声がかからないし……。『(同世代の)みんなは海外や代表で活躍しているのに、自分は……』って、他人との比較ばかりしていましたね」

 このとき、南が自らの現状と謙虚に向き合えなかったのは、”世界大会準優勝”というプライドが邪魔したことが大きい。

「自分はもっとやれるんだ」と思ったところで、それは自己評価でしかない。しかし南には、過去の栄光、実績があるという自負があっただけに、簡単に現状を受け入れることができなかった。クラブでポジションを奪われる事態に陥っていても、危機感や不安を抱くことさえなかったという。

 そんな南が、ついに厳しい現実を突きつけられることになる。

「(当時所属の)柏を30歳でクビになったんです。そのとき初めて『プレーできるクラブがない。どうしよう……』という不安を味わいました。

 それから、意識が変わりましたね。試合に出ているから『自分はレギュラーなんだ』という感覚、そうした驕りはなくなりました。もう、常に危機感しかなかったです」

 柏から戦力外通告を受けたあと、J2のロアッソ熊本に移籍。2011年には主将となって、リーグ戦全試合出場を果たした。そして2014年、横浜FCに移籍。2017年こそ、大きなケガを負ってリーグ戦出場は1試合にとどまったが、翌2018年には復活し、25試合に出場した。

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