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移民? 労働力? 必然か拙速か「外国人の国内就労」問題

3/19(火) 12:01配信

日経BizGate

 すでに生産年齢人口(15~64歳)が減少に転じて4半世紀。この間、日本はどのように労働力を補填してきたのか、まずはマクロ視点から見ていこう。(雇用ジャーナリスト 海老原 嗣生)

(※連載の第1話です。続きは、画面下の【関連記事】から)

過去20余年、毎年50万人ペースで生産年齢人口は減り続けた

 日本の総人口がピークとなったのは2005年のことだ。それから人口は減少に転じ、今年で14年目になる。ただ働き手=労働力を考える場合には生産年齢人口(15~64歳)をその指標として考えた方が良いだろう。こちらは総人口よりも10年も前の1995年にピークをつけ、今年で24年にもなる。ピーク時に8726万人あった生産年齢人口は、2017年10月推計では7596万人へと1130万人も減っている。

 年平均にするとほぼ50万人の労働基礎人口が減り続けた計算だ。22年間での減少幅はピーク比12.9%、年率だとマイナス0.65%となる。粗っぽい話をすれば、この間、GDPも同じ割合でマイナス成長してもおかしくはなかった。がGDP(名目)の方はこの間に7%弱ほど拡大している。

 こうした基礎数字を見ると、労働力減少の中、日本経済はよく頑張ってきたといえるだろう。数字遊びを続ければ、生産年齢人口当たりの名目GDPは、1975年よりも2017年の方が23%も伸びている。この間のデフレまで考慮すれば、驚くべき健闘といえそうだ。

 果たして日本は、1130万人もの生産年齢人口減少をどのようにカバーしてきたのか、マクロ視点で振り返ってみよう。

衰退産業の縮小と縁辺労働者の取り込み

 まず1つ目は、衰退産業の就労者を減らすことで生産年齢人口の減少をカバーした。ここでいう衰退産業とは、農林水産業・建設業・製造業となる。この3産業とも、生産効率のアップによる減員は当然あっただろうが、それ以外に「衰退」する理由があった。農林水産業は貿易自由化の流れの中で、外国産農作物に価格競争で敗れていったこと。建設業はバブル崩壊後の景気下支え目的で膨れ上がった公共事業が縮小し、土木・建設セクターで企業の淘汰が進んだこと。そして製造業は円高による空洞化で工場が次々と海外移転したことがその主因といえるだろう。

 この3分野の合計で就業者数は1995年当時の2486万人からボトムでは1770万人へと786万人も減っている。

 2つ目の労働シフトは、サービス・流通業を中心に起きた「非正規化による縁辺労働者の戦力化」だ。縁辺労働者とは、主婦・高齢者・学生などを指し、パートやアルバイト雇用を増やして彼らを労働力化することで労働力が確保できた。

 2002年から2017年までの直近15年間を見ても、主婦の非正規労働者は656万人から915万人(259万人増)、 60歳以上の非正規労働者は218万人から564万人(346万人増)、学生の非正規労働者は117万人から143万人(26万人)も増えている。これらを合計すると631万人増となるが、60歳以上の増加分にダブルカウントされる主婦が入っているため、実際は500万人程度の労働力化とみる。

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最終更新:3/19(火) 12:38
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