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イチローの日米通算1本目を取材した記者が見た「超一流プロの流儀」

3/19(火) 17:21配信

webスポルティーバ

 共同通信社の記者としてイチローのプロ初安打に立ち会い、1994年から2年間オリックスを担当したのを機に、その動向を追い続けてきた小西慶三氏。イチロー渡米後も取材を続けるなど、誰よりもイチローを見てきた。

■イチローがシアトルで残した名言集「回り道なくして次へは進めない」

 そんな氏が、2013年12月にweb Sportivaで「メモリアルヒットで綴るイチローの22年」と題し、プロ初安打から日米通算4000本安打を達成するまでのなかでとくに印象に残ったシーンを執筆した。今回、シアトル・マリナーズの一員として7年ぶり凱旋を果たしたのを機に、あらためてイチローの偉大さを胸に刻みたい。

* * *

◆メモリアルヒットで綴るイチロー(前編)

 イチローは節目、節目でインパクト十分のコメントを残してきた。

「何回やっても強い自分にはなれない。むしろ弱さしか見えてこない」としみじみ語ったのは、6年連続200安打を成し遂げた2006年9月16日(現地時間)のロイヤルズ戦だった。

 日米通算3000安打に届いた2008年7月30日のレンジャーズ戦では、「もっと早くメジャー入りしていればもっと多くのヒットが打てたのでは?」との問いに、「日本でのヒット、凡打の中には僕の技術を磨いてくれたものもある。僕は日本で養われた技術で(米国で)ヒットを打っている」ときっぱり返した。

 2012年6月17日、不振のため先発オーダーから外れ、その翌日にメジャー通算2500安打。当時、通算1817試合での大台到達はメジャー史上4番目の速さだったが、「今まで打ってきた2400と何本かのヒットが、今日のゲームでは何の役にも立たない」と悔しさまじりに語った。

 しかし、過去数々のコメントでもとくに強い印象が残るのは、1999年4月20日の日本ハム戦でプロ通算1000本目を決めた時のものだろう。

「打てば打つほど、わかってくればくるほどバッティングは難しくなる」

 彼の生涯打席の半分以上を目撃してきた筆者にとって、その言葉以上にイチローのここまでの戦いを端的に表現しているものはないように思える。

 2013年8月21日のブルージェイズ戦で日米通算4000本。次の1本を追い求める旅は、もう当分誰も追いつけそうにないところまでやってきた。1992年の夏、平和台球場でプロ1本目を放ったときから彼は何を思い、何を模索しながらヒットを重ねてきたのか。それぞれの節目と当時の状況を段階的に振り返れば、その言葉の意味が見えてくる気がする。それぞれ筆者にとって忘れられない節目をたどりつつ、その言葉の奥底にあるものを探ってみたい。

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最終更新:3/19(火) 17:21
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