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「私が」と牙を向く女は醜いーー82歳の“孤独の達人”下重暁子が憧れた樹木希林の生き方

3/19(火) 11:00配信

文春オンライン

「昨年9月に女優の樹木希林さんが75歳で亡くなりました。私は年齢だけで言えば、彼女より上ですが、彼女の『極上の生き方』には、憧れに似た、尊敬の気持ちを抱きます」

【写真】希林さんの言葉に共感する下重暁子さん

 こう語るのは『家族という病』や『極上の孤独』などの著書で知られる、作家の下重暁子さん(82)だ。

 下重さんは、希林さんの生前の言葉を集めた 『一切なりゆき~樹木希林のことば~』(文春新書) を読み、こんな一節に共感を覚えたという。

〈苦労して美しくなるというのは至難のわざですね。根本的に自分が存在していることが申しわけないとか、恥ずかしいと思えたときに、女って色っぽいんだなと思うんです。

 なんでも「私が」「私が」という。世の中が「私が」を主張するようになってきたということは、そういうことをしないと自分がいることが確かめられないという心もとなさなのかなと思うんです。そう考えれば女って哀れだなと思うところでいとおしくはなりますけれども、「私が」と牙をむいているときの女というのは醜いなあというふうに思うわけですね〉(『一切なりゆき』p151)

 下重さんも、自らの著書『極上の孤独』で次のように綴っていて、二人の言葉には驚くほど共通点が多い。

〈﨟長ける(ろうたける)という言葉があった。もう死語になりつつあるが、その意味は洗練されて美しくなる、優美で品がある、ということ。

 﨟長けた女性がかつてはいたものだが、とんと見かけなくなった。自己主張の強い女性は増えているが、自分の考えや意見を何度も練って、研ぎ澄ましていく、そういう作業を経てこそ品は出てくるもので、言葉を選ばずに発言するだけでは空疎でうるさいだけだ〉(『極上の孤独』p110)

役割を演じるのが「いい家族」なのか

 別居生活をつづけながらも、深い絆で繋がっていた希林さんと夫の内田裕也さん、そして娘の也哉子さんとの関係を、下重さんはこう述べる。

「私は『家族という病』で、多くの家庭は、『父』『母』『子』といった役割を演じているだけで、互いが互いを『他人』、つまり『一人の人間』として心底理解しようとしているわけではない、『家族が何より大事』というのは、単にそのような役割を押し付け合うことでしかない、と書きました。役割を演じ合うのが、本当に『いい家族』なのか、と。

 希林さんの家族は、まさに私が本で申し上げたかったことを体現されていたように思うのです。世間一般からすれば、『変わっている』この家族こそ、あえて言えば、『真の家族』ではないか、と。ちょうど映画『万引き家族』のようにです」

 下重さんが憧れる希林さんの生き方とは何か。知られざる希林さんとのエピソードについても語った、下重暁子「樹木希林という『極上の生き方』」は、 「文藝春秋」3月号 に全文掲載されている。

「文藝春秋」編集部/文藝春秋 2019年3月号

最終更新:3/19(火) 12:06
文春オンライン

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